◆発端

オリンピックによるコロナウイルス蔓延(?)で国民の健康が害されて死ぬゆえ、オリンピック出場アスリートは良い人っぽい顔をするべきでなく、人殺しの顔をするべきである。

らしい。

そうだな。間違いない。アスリートは間接的に殺人者であることに違いない。

◆制定

上記の理屈は世界的に広く認知され、普及した。嘘だけど。

日本においてはオリンピックを前にして「アスリートは全員人殺しの顔をすること法」が新たに制定されたし、そうして開催された東京2020オリンピックは大方の予想通り類を見ない大会となった。

野球でも水泳でもバスケットでも、選手の表情がとにかく人殺しであるから凄い頑張っているように見えた。たとえサッカーのシミュレーション行為であっても、人殺しの顔を崩すことなく「痛いンゴぉ!」と無様にのた打ち回っていたものだった。

競技後のインタビューを受ける選手でさえ思い思いの人殺し顔をしていた。せざるを得なかった。器量よしの女子選手が眉を吊り上げて必死にオラオラするのは世間にウケたし、人殺しの目を再現できるカラコンを装着することが流行したし、剃り込み入れるやらパンチパーマあてるやらバタフライナイフを舐めるやらシャブをキメてくるやら。オリンピックのひとつの見どころとして成り立っていた。インタビュアーに対する恫喝も国ごとに個性があり、見ごたえがあった。

◆波及

アスリートにのみ適用されていた新法は、間もなく審判やボランティアにも波及した。オリンピックに加担しているのだから、当然ながら人殺しの顔をする必要があった。報道陣も人殺しの顔で取材をした。

馬術においては馬でさえ人を蹴り殺したような表情をしていて、人殺しの顔をした調教師の努力が伺えたというものだ。

オリンピックのスポンサー企業に勤める社員に対してもまた、人殺しの顔をするように要請された。そのスポンサー企業と取引のある組織や個人も対象となり、その親族も対象となった。

最終的な調査報告としては日本国民全員が人殺しの顔をするべきという結論に至り、そのまま日本国民全員が人殺しの顔をしながら町を練り歩くような状況となった。

◆屈折

ビーガンや菜食主義者が声を上げたことにより事態は急変する。

牛肉を食う人間は、牛殺しの顔をするべきである。

なるほど。ぐうの音も出ない。

日本国民の大多数が牛殺しの顔をするようになったし、熊肉を食ったことのある人間は熊殺しの顔をするようになった。カニを食べたことのある人間はカニ殺しの顔をした。

また、カニはお魚を食べたりする生きものであるため「カニを食した人間は、カニに魚殺しを委託している」という論理が成り立ち、さらに言えば魚はオキアミを食しているため、大多数の人間は時にオキアミ殺しの顔をしながら日常生活を送ることとなった。

命奪いしもののオブリゲーション(責務)として、互いが互いのアレ殺し顔を求めていた。逆に言えば人殺しの顔をしてさえいれば人を殺しても許されるらしかったので、いずれ人殺しは解禁される流れとなった。

◆植物

正しく道理と思われたため全員が素直に従ったものだったが、菜食主義者だけが人殺しの顔ひとつでのうのうと往来していることを憎く思った人々がいた。彼らはなんと、不断の嫉妬心により殺害判定の適用範囲を植物にまで広げてしまった。

そのせいでイチゴ殺しの顔やキノコ殺しの顔、パセリ殺しの顔をした人間も街中でみられるようになった。

◆任意

それから5年かけて、このムーブメントは急速に世界へと広がっていった。このまま決まるかと思いきや、人殺しの顔をした民衆の間で「表情筋が限界むかえてる」という主張が多くなされるようになった。

彼らは現状を打破すべく一昼夜かけて人殺しの顔をしながら話し合った。とにかく色々な、涙あり笑いありの終始なごやかな話し合いがあって、最終的には「野菜を食べる人は百姓の顔をしろ」という話になった。なぜかそうなった。

いやしかしこれは考えてみれば当然である。野菜を食べているということは百姓に加担しているということであり、それってつまり実質的に百姓である。だから野菜を食べる人は百姓の顔をするべきで、チーズを食べる人は酪農家の顔をするべきだった。

実際は人を殺しているわけでもあるから、人殺し百姓の顔となる。

◆宇宙

顔のもっていきどころで人類は疲弊し、基礎となる人殺しの顔に整形する人が後を絶たなかった。遺伝子操作により人殺しの顔をした赤子が多く産まれた。

そんな、まるで収集のつかなくなった人類の顔面事情に終止符を打ったのは、哲学であった。

宇宙の顔をしよう

はじめに誰が言い始めたのか今となっては知るよしもないが、紛うことなき救いとなった。何がどうあろうと私たちは宇宙の一部でしかなく、宇宙の顔をしていれば、それは全てだった。全ての顔を内包せし顔こそ宇宙の顔だった。

やがて人類の顔はおよそ全て宇宙になった。誰も人の顔を気にしなくなり、ただ静かに心を見つめるようになった。

そうして世界は愛と平和で満たされたのだった。

どっとはらい。

◆結論

宇宙の顔ってなんだよ。