ファミマのPBである「お母さん食堂」がどうのこうのの話ありましたわね。フェミニストの方々が思い思いに活動しているので、構造と周辺を整理する。お母さん食堂問題については後で触れる。

◆前提

正しいフェミニストと「やべぇフェミ脳」がいて、大勢に叩かれて罵倒されているのは「やべぇフェミ脳」であろう。

「やべぇフェミ脳」は言動が異様かつ一貫性がない故にそりゃ当然批判されるわけだが、正当な批判群に「やべぇ女性蔑視脳」が紛れこんだりして話がこじれる。「やべぇフェミ脳」は正当な批判を無意識的に無視して粗のある意見だけ拾うから、議論が平行線になってしまう。

以下、ちゃんとしたフェミニストに迷惑が掛からないよう、やべぇやつの事を「フェミ脳(造語)」と呼称する。

◆正しいフェミニストという存在

恐らくはごく個人的な観点での仕分けになっちゃうんだが、そういう話題だからしょうがない。

▼正しいフェミニストが考えているであろうこと

  • 男性よりも女性の方がか弱い傾向にあるので、守られて然るべし。丁重に扱うべき。
  • 根拠なき男女の扱いの差は是正されるべき。

この意見には同意する。

この記事に於いて俺の言っている「正しい」の定義は、社会の全体幸福に寄与するか否かがその尺度になっている。あるいは未来の女性の幸福に貢献するか否か。

「女性が男性に比べてか弱いという傾向はない」と主張するフェミニストがいるんであれば、なぜ女性にだけ味方するのだ。(煽りとかではなく)その理由をお聞かせ願いたい。ただ性別を理由にして人間の扱いを変えるなら、その人は性差別主義者であろう。「女性は虐げられている」というのであれば、これもまた男女問わず虐げられている人を救う活動をしていなければおかしい。対象を女性に絞ったフェミニストを名乗る時点で、性差別主義者にリーチがかかっている。

「フェミニスト的な活動もやってるけど、離婚時に女性が親権を得やすい社会に反対してもいます」とかなら信頼はできる。個々の活動や理念に同意できるかは別として。

か弱い女性のか弱い面については保護しなければ、巡り巡って誰もが不幸になる。

逆に言えば、誰も幸福にならない活動(誰かの気持ちがスッとするというだけの活動)ならしないほうが良く、「間違っている」と言えるだろう。また、今この瞬間の女性が幸せになるかわりに未来の女性たちが苦しむんなら、それも間違っている。

以下の文章には、フェミニストが読んだ時「そんな主張してない」と思う部分があるだろう。そりゃそうです。俺が観測したやべぇフェミ脳について話してるんですから。

▼やべぇフェミ脳

  • 男女差の不平等に食って掛かるわけではなく、気に食わないこと全てを男女差の話にこじつける。
  • 性暴力被害を男女差の話にする。
  • 男女の能力差は存在していないと主張しようとする。
  • 女性像と男性像をそれぞれ一元化しようとする。
  • 自分とその取り巻きが女性代表であり、自分の気持ちは女性の気持ちであると勘違いする。
  • 世間一般の女性がしていることを否定的にとらえ、蔑む。
  • 被害を受けたということ以外認めず、自分サイドは無誤無謬であると主張する。

やべぇフェミ脳が正しい方向の活動をすることもある。ややこしい。

◆性暴力

性暴力被害について。

性暴力事件の根本は女性蔑視によるものではない。精神(パーソナリティ)に障害を抱えている人物が性暴力を実行する。

つまり、加害者は相手が女性だから特別に性暴力を実施したわけではなく、他者への敬意を持たない且つ自分の欲求を満たしたいから事に及ぶ。キリスト教の神父は沢山の男児をレイプしてきたわけですし、意図と構図は強盗と同じ。

一般的な男性は、精神や肉体に障害を持っていなければ極力多くの女性と性行為したいと望んでいる。「具体的にこうしたい」は望んでいない場合が多いだろうが、とにかく生来の性衝動があり、性衝動の対象は個人に特定されない。

そして、この世界にはクソアホ男性がそこらじゅうに蔓延っているわけだから、女性が自衛しないのはありえん。「被害者が悪い」「加害者が悪い」「男が悪い」「女が悪い」じゃなくて、自衛しないと事故るのは当たり前というはなしだ。女性であれ男性であれ社会にいる異常者の危険性を無視してはいけない。

伊藤詩織が山口敬之にヤクを盛られて強姦されたという(真偽が不明な)話題あってその周辺でなんやかんやあるよね。それも(伊藤本人の談を知らん人にはなんのこっちゃわからん話をするが)何と言うか、伊藤が優秀だったから山口に接近できたわけではなく、美女であったから権力者に接近できていたし、(伊藤の記憶にかなりの混乱があるように見受けられるので何が事実であるかには言及できないけど伊藤の主張が本当であると仮定して)若く美しい女性であるという市場価値を通用しておきながら危機管理できていないのはどうなんだろ。

()が多すぎ。なんの主張なのかわからん。

つまり、女性であるデメリットを拒否りたいのであればメリットも同様に拒否らないとアンフェアである。でもメリットだけ享受するというズルさはあっていいと個人的に思う。でもでもでも「どういうメリットを利用しているのか」「美女であるというメリットが通用する相手はどういう人種なのか」「クズ人間が酒を飲むと自我がどうなるか」を自覚してないのは迂闊だよな。根っこでは性行為したいから美女を優遇するわけですし。

そして、性暴力の問題を解決したいのであれば、精神障害治療と病因の除去に尽力すべし。貧困している家庭への社会保障を厚くするための活動をしよう。それについてTwitterで話すんでもいいよ。フェミったって意味ない。フェミっても性暴力は減らない。寧ろ、付随して他者の性的欲求を抑圧するようなことを言ってしまえば性暴力を助長してしまう可能性すらある。

▼余談:性行為はよくないことであるか

んなこたない。男性にとっても女性にとっても。

よくないこと:性病とか性行為依存とか。所属するコミュニティによっては評判が下がったりもするんだけど、それはコミュニティによる。「本質的によくないこと」にカウントはできない。

ただ、性が世間でタブー視されているからそれで「悪行である」「不埒である」「デメリットである」と洗脳されてしまうのも止む無し。周りの大人が共有している価値観であれば、そこで育った人間が疑わないのもしょうがねぇ。ある人にとってエロは良くない事だし、黒人は知能が低いし、ユダヤ人は穢れている。

「社会に思わされていること」と「自分が思ったこと」の境界は極めて曖昧もこ!洗脳は気づけないからこその洗脳だ。

本来、互いに合意があればどうでもいいからSEXすりゃいいんだよ。独身なのに性行為で自己嫌悪してる人すらいて、生き物として不自然だと思う。

一夫一妻制で社会の秩序が保たれるってわけでもないみたいだし、性行為していることを誰もが無理に隠そうとするから寧ろ逆に乱れているまである。可視化されていないってだけでな。

「そこのあなた、SEXさせてくれます?」というやり取りを試みればポリスを呼ばれる面倒な社会だ。通報せずとも「いやです/いいよ」と答えてくれれば話は済んだのに。性欲は命の意味だったという経緯があるわけで、でも満たす方法がないから致し方なく盗撮やレイプ、おパンティー泥棒が発生する。「性欲を抑えろ」と社会が強制する限り。

何度も言ってる気がするけど、不倫だって性行為自体が問題ではない。配偶者や子供を裏切る/裏切らせるのが人として駄目なんですベッキー。そして不倫という概念を発生させたのは「性はタブーである」として世に広めてしまった人々。性がひたすらオープンだったら配偶者以外と性行為しても問題にならないし、悲しい思いする人とか崩壊する家庭がだいぶ減ったと思う。

◆女性蔑視はこの世にないの?

普通にある。けど、概ね悪気はない。知識や想像力が足りていないというだけ。コンビニのアルバイトをどやすジジババと同じ。交通整理のおっちゃんを見下す人種と同じ。だから知識を補う必要はあるし、問い直す必要がある。

「女性であるから昇進できない」も十分にあり得て、昇進したいなら頑張らないといけない。その頑張りは「転職する」だとか「ロジカルに立ち向かう」だとか。男と同じ。価値観が違うひとと働いているうちは女性であれ男性であれ頑張らないといけない。女性だからお茶汲みさせても良いとかいう考えをナチュラルに持っている人もいる。そういう人と、「それは違うんでねぇかい」と話し合わなければならない。敵対してもしょうがない。また、「俺は男だから女がどうなろうと関係ない」とか考えるのは危機意識に欠ける。

女性はこうあるべきっていう固定観念を持っている人間は男にも女にもまだいる。人の家庭に口出すようなやつとか。ただ、面白いことに先入観と戦っているつもりのフェミ脳こそ己の固定観念や思い込みに気づけない人種だったりする。

▼犯罪

女性を狙った犯罪もある。力が弱いから。でもそれはさっきも言ったように女性蔑視のはなしではなく、軽度/重度・先天性/後天性・一過性/恒常性の精神障害の文脈だ。

防ぎようがないから、痴漢されたくない女性は女性専用車両に乗れ。ないなら鉄道会社に抗議しろ。その活動は俺も応援できる。逆に台湾では「男性差別だ」っていって女性専用車両を廃止させた事例がある。これは不誠実だ。痴漢に遭いたくない女性や、過去に痴漢の被害にあって怯えている女性に対する不誠実に他ならない。女性専用車両を廃止させないためにも、痴漢に遭いたくないとか満員電車で男性と密着したくない女性は全員女性専用車両に乗れ。頼むから。

痴漢されたくない女性が女性専用車両に乗れば、痴漢されたい女性のみが痴漢される。痴漢電車の運行には何の支障も無い。痴漢されたくない人が毎朝ちょっと歩けば、誰かが不幸な気持ちにならなくて済む。電車は遅延しない。異常者含めて全員が勝利する。

◆職場に女性の比率を増やせよ

ものによる。状況による。職業による。

「女性が目指している幸福」「女性の得手不得手」が傾向としてある。そのうち、「個々人が目指している幸福」「個々人の得手不得手」がある。別の次元に「個々人が目指していないけどその人のためになる幸福観」もある。

▼幸福

そもそもにして社会進出が普遍的な幸福であるという前提からまずおかしい。その気の無い女性の社会進出を応援してもいいんだけど、じゃあ結果不幸になった女性のサポートを親身になってするべきでは。「社会進出した?よし!」っつって手放すのは無責任極まる。同じく「女性の比率あがった?よし!」も無責任。男性社会に女性を送りこみ続けることが目的なの?なにそれ?

フェミ脳が専業主婦を見下すのはなんなの?何様?社会に出て働いている方が偉いって価値観は古臭い。家庭を守る仕事を下に見るのはおかしい。「社会進出できて幸せ」という思い込みの幸福論は「東大に合格出来たら幸せ」レベルで根拠に欠ける。

問題は「社会進出できないこと」ではなく、「社会進出していた方が経済的に有利」である状況だ。専業主婦/主夫の地位向上を図ったほうがいい。

青くもない隣の芝生を羨ましがって、自分の庭を放置する。家庭の仕事も子育ても真剣にやったこともねぇ癖してつまらないと決めつけて嫌がる。男も女も。

まぁ子供がいないのであれば専業主婦させられることに文句言ってもいいと思うけどな。しかしそれだって暇な時間使えば何でも極められると思う。

▼適正

男性のほうが社会的にクリエイティブで情熱的でクレバーであるという傾向は、残念ながら否定できない。歴史が証明している。絵画でも音楽でも料理でも文章でも漫画でも学問でも車でもバイクでも旅でも登山でも政治でもゲームでも書道でも映画でも建築でもアニメでもITでも演劇でも陶芸でも犯罪でも殺人でも男性が価値を見出し、世界を開拓し、強くのめりこむ。

傾向として、スポーツの能力には男女差がある。人種の差がある。それと同じように、精神にも男女差がある。よくも悪くも。

傾向として、男性は女性よりも社会における逆境耐性がある。「女性であるという逆境」が存在したとして、その程度であれば「活躍している男性」は普通に乗り越えるだろうし、現に活躍している女性は乗り越えている。フェミ脳の活動とは無関係にな。「漫画家なんて職業じゃない」「堅い職に就くべき」という過去あった価値観を、逆境を破壊したのは男性だ。

※「社会的に」とか「社会における」という限定的な前置詞を置いていることに留意されたし。

なぜ逆境を破壊できたのか。それは、「それをしたい」「誰を傷つけようと達成したい」って男性が強く願ったから。周りから白い目で見られようが、邪魔されようが勘当されようが、折れずにのめり込んだから。女性にも当然そういう人物はいて、でも傾向として願いの強さにも男女の違いがある。

「社会で活動する能力に性別の傾向などない」といった反対意見は当然あるだろうし、そう思った理由をききたい。一応言っておくと、傾向なんて個々人の評価にはまったく意味を成さない。暴力事件の加害者の比率は男性がおよそ60%で、女性より多い。その事実について聞いても「自身を暴力行為予備軍と言われた」なんて被害妄想をする余地ない。「へー。何があるかわからんから俺も気を付けよう。」と思うくらいだ。

何が言いたいかって、Googleとかが職場の女性比率を無理に上げようとするのがおかしい。

グーグルが多様性否定の人物を解雇 正解か判断ミスか

全文を読めばわかるんだが、かなりフェアな視点で話している。自分が間違っているかもしれないと書いている。けど、議論してもらえずに解雇された。馬鹿馬鹿しい。

「多様性」と口だけで習い、その精神を継がない。社会に要請されるからポーズだけしておく。社長に要請されて女性の扱いを限定する管理職とどう違うわけ?

能力あるいは価値で雇用するべきだ。そして反論はデータでもってするべき。「女性がn%以上でなければ組織の成長が鈍化する」というのは十分あり得るわけだし、全人類を「ITにおける問題解決能力」順に並べれば上位に来る女性が沢山いる。だから、やっぱりGoogleは議論をするべきだった。けど言論を弾圧した。それって「女性は家事に専念すべき」と理由なく主張する輩と同じじゃん。

女性の幸福を願うのであれば、女性が何をしたいのかってインタビューしろよ。「家事の時間に男女差がある」って、あっちゃ駄目なの?何を主張したいの?他の家庭のあり方に口出しして、多様性を認めないのはなぜ?

あとは、話変わるけど「女性は妊娠して休職するから仕事につかえない」っていう物言いはおかしい。それをうまくマネジメントするのが管理職の仕事だろが。マネジメントを放棄するんなら給料を返納しろ。熱意と能力のある女性が子供を産んだのち適所に配属されないのは不合理だ。

◆ハラスメント

セクハラは問題。問題なんだけど、「人の嫌がることをしてはいけない」をどの程度のレベルで運用すればいいのかってのは難しい。主観的な不快感の話だから。

少数意見を無視してはいけない。だから、男性の多い職場で女性が感じる不快感は無視されない。女性に不快感を与えてはいけない。そして、「俺は女性にセクハラせねば不快でしょうがない」という稀有な人の意見を無視しても良いんだろうか?

フェアな立場から意見すれば、女性は彼の人の不快感を低減させるために努力せねば、セクハラされなければ道理にそぐわない。どちらも個人的な不快感の話なんだから。

そういう風にキリの無い話になるから、どこに軸を置くのかを決めないといかんのですよ。「不快に思ったからセクハラ」は無理。人によって感覚は違うし、被害者の個性が尊重されるのであれば、悪意無き加害者の個性もまた尊重されなければならん。良かれと思ってしたことについて、余地なく「セクハラだ」「最低の人間だな」と断ずる権利は誰にもない。一度目は「それ嫌です。やめてください。」で済まさなければならない。「良かれ」がセクハラ発言であった人もいるはずだ。

典型的には、何度「やめて」と言ってもセクハラをしてくるのがセクハラ人間である。そういう手合いは当然ながら断罪されなければならない。

誰であれ被害者になり得るし、被害者であると同時に加害者にもなり得る。人づきあいには気を付けなければならない。「おっぱい大きいね!」という純粋な褒め言葉を嫌がる人もいるし、「ハゲてますね!」と言われたくない人もいる。黒人を気持ち悪く思う人もいる。その人の個性と生きてきた環境(受けた洗脳)による。

人を不快な気持ちにさせたいヤツはいないという前提で、ガイドラインが必要。「こういう行為すると不快に思う人いるかもしれんからな」という一般的価値基準に基づいたガイドライン。ガイドラインで駄目ならルール化。

ガイドラインがなければ、「お疲れ様と言われた」がセクハラになり「影を踏まれた」がパワハラになりうる。感じ方の問題だから。どっか知らない国の知らない宗教に入信してるひとがお前の職場に来てさ、「影を踏まれた」「影ハラ」と主張し、それを会社が認めちゃうしお前はクビになる。

「いや嘘でしょ?」って思わない?

アイツが悪いとか無神経だとか敵だとか言い合っても助からない。断絶、拒絶は終わりだ。お互いが不幸にならない落としどころを持たなければ。

▼ハラスメントと犯罪の線引き

恫喝や暴行は犯罪であって、逮捕されなければならない。

◆理由

人生がうまくいかない時のムーブがふたつある。

  • なにかのせいにする
  • がんばる

事実、何かのせいである可能性も高い。でも言ってもしょうがない。例えば「俺がモテないのは世の女性が馬鹿だからである」と言ってみたところで何の意味もない。そうじゃなくて、眼鏡をコンタクトレンズにしてみるだとか眉毛を細めにしてみるだとか一ヶ月に一度は床屋に行くだとか上着をこまめにクリーニングに出すだとかフロスをするだとか、行動を起こすしかない。

「女性だから悪いことが起きた」も同じこと。泣いたり怒ったりしてぴーぴー喚いてもしょうがない。真の意味で苦境から逃れるには、正当な理屈と客観的なデータを持ち出して対等に議論するか、自分が変わるしかない。ガタガタ喚いて哀れに思われて、運よく助けて貰えたとしてもそれは一時しのぎだ。

泣いたり怒ったりしてその活動が成功するんじゃない。泣いて怒って世界が変わるんなら、そんな世界は破綻してしかるべしだ。理屈が正しくて成功するのだ。

議論すればいいのに自分都合でしか話を展開せずに「世の中が変われ」しか言わないから怒られる。相手を思いやらず、相手の都合を聞かず、相手を蔑み、「私は辛いので私を思いやれ」としか言わないから怒られる。

▼弱い人

上記は強い人の理屈。でも世の中弱い人のほうが多い。思考能力が小さい人のほうが多い。

どうすればいいのか。

それは感情論を話さないように気を付けること。感情についての話はしてもいい。「辛いんじゃ」と喚いてもいい。行動を起こせなくてもいい。引き続き辛いままだろうけど。

お前を食い物にしようとするフェミ脳がいるってことに気を付けてね。お前に味方する彼女/彼らはお前の幸福なんて祈ってない。自分の気持ち良さしか頭にない。意見が一致しているから味方であるというだけで、お前がフェミ脳のお気に召さないことを言えば、議論の余地もなくすぐに敵判定されるだろう。

◆感じ方の強制

「思うな」という主張は無理だ。思うんだから。だから「思った」「悲しい」と誰かが言う事を止めることはできない。

でもフェミ脳は「思うな」と言う。自分が思った事ベースで。フェミ脳に限ったことではないしTwitterでは良く見ることだけど。

気持ちや生き方の自由を認めず、自分の納得できる形以外認めない。自由の為に戦っているのではなく、自分の領域をただ広げ、自由の領域を狭めることしか考えていない。社会の価値観に疑問を呈するのではなく、自分の価値観を通すために他者の価値観を封じろという。

女性としての役割を自分で定義して全うしたい人の意志を封殺するべきか?ある女性が「お母さんとして料理する」喜びを毀損するべきか?「女性らしくあること」を重視したい人、「女性は女性らしくあって欲しい」と思う人々の気持ちをどうする?大和撫子であることを誇りに思っていた人をどうする?その思いを罪だという?ジェンダーニュートラルと言う価値観を至上として押し付けるか?そんなの到底許容できるもんじゃない。人の気持ちを踏みにじりやがって。許せん。

気持ちの強制はできない。強制できても真の問題解決にはならない。「こんなことを思うなんて!私の人格を攻撃された!」とか、十中八九勘違いだ。相手の言っていることを読まなければならない。十中二一(造語)は人格攻撃だけど、人格攻撃しようと試みる人と言い合いして何になるわけ?

◆お母さん食堂

変な活動です。

ファミマ「お母さん食堂」の名前変えたいと女子高校生が署名活動、「料理するのは母親だけですか?」

題名からして「何言ってんの?」っていう。いや、言っていることはわかる。でも「お母さん食堂」の名前を変えて誰が助かるの?助かるとして、優先順位のどれくらいの位置にあるの?どうやって「お母さん食堂」という名前が世のお母さんに料理を強いるの?その理屈で言えば「男子ごはん」があるから打ち消し合ってノーカンになるんじゃね?料理番組に出演している女性は「料理は女性の仕事」と世間に思わせてしまうから、全員男性料理人と男性タレントに置き換えるべきでは?

もうさ、トランスジェンダーのアレで言えば、「男性は女性と恋愛するべきという決めつけ」を打破するために、男女が恋愛する作品を同性愛にするべきなんじゃない?少女漫画は「少女の嗜好を決めつけている」「男性読者を無視している」からクッソ汚いグロ漫画だけにすればいい。それに、「結婚するべき」という押し付けに苦しんでいる人を救うために全員離婚するべきだし、「人間は生きるべき」という押し付けに苦しんでいる人が居るから死ねばいい。

同性愛者が傷つくから、男と女は外で手をつないで歩いてはいけない。子供を為せない人が苦しいから、子供を外に出してはいけない。アルコール依存症の人が苦しむから、飲食店やコンビニや食料品店でアルコールを提供してはいけない。働かなければ社会のお荷物になると思って苦しむ人を救うために仕事を辞めなければならない。貧乏な人が苦しむから、金を稼いではいけない。全員同じ間取りの家に住まなければいけない。スカート履いている女性を見るのが嫌いな人いるから、スカートは履いてはいけない。女性らしい服装をしてはいけない。

極限の話をすると、社会の価値観が嫌であれば社会から出るしかない。誰もが嫌なことを持っているんだから、個々人の気分に従っているとキリがない。そこに「お母さん食堂」を失くすだけの妥当性がなければいけない。知能を持った猫が現れたら「猫と人間を差別するな」と言って猫という言葉は禁止される。意識を持った輪ゴムが現れたら「輪ゴム」という言葉は禁止される。意識を持った食堂が現れたら「食堂」という言葉は禁止される。

実際、同性愛者であっても何を不快に思うかとか個々人で違うわけだし、自分のことを同性愛者代表と嘯いて「同性愛者は苦しんでます」とか思想の押し付けをするのは狂ってる。

普段の生活でやっていることで、誰も傷つけていないとでも?たくさん傷つけてますよ。社会に属する全人類は、生きているだけでありとあらゆるマイノリティーを毎日傷つけている。インターネットで何かを発言する度に誰かを傷つけている。その痛みを無視しながら「ひとを傷つけるな」って強要するのは意味わからん。「私は傷ついている」と主張することだけにしておかないと、自己矛盾に陥る。

怒っても泣いてもしょうがない。妥当性で話をしなければならんでしょ?

自分が被害者であるうちはいいだろう。敵じゃないものを敵と決めつけて責めればいいんだから。でも、自分が加害者になったときに「そんな主張してくるの!?」ってきっと驚くだろう。

▼本当に女子高生が主体で起こした活動なのか

と疑ってしまうのはTehuくんのせいです。存在しない女子高生かもしれないという考えが頭をチラついてしまう。誰か代役をたてたりするんだろうかって想像してしまう。

「お母さん食堂」クレーム署名に「私、8回も署名した!」と堂々と不正行為を宣言するフェミ登場

上のは成りすましだろな。ネタであることがかなり見破りやすいというか、成り済ます気がないように見える。こんなんに騙されてたらネット使えませんよ。うそはうそであると見抜ける人でないと難しい

◆言葉の間違い

正しい活動してるのに、セクハラじゃないことを「セクハラ」と呼んだりして損しているのもいる。誰も知らない言葉を作って盛り上がって「遊んでんのか?」って思われて損しているのもいる。真摯に話せばいいものを話を無駄に盛って「嘘乙」されているのもいる。

ヒールパンプスで就活断念した元就活生「履けない私は出来損ない」。#KuToo は身体的ダメージだけじゃない魚拓

盛り上がっちゃったんだろうか。まぁいいけど別に。

活動自体は正しいと言える。ハイヒールのパンプスもスカートも危険。

でもさ、全く同じ能力の男二人が採用面接に来た時、カッコいい方とキモい方どっちを雇う?美しくないせいで就活に落ちた人がいたら、どう責任取る?マナー講座で「美しい方が良いよ」と促すのは当然っちゃ当然である。事実陳列罪で業界を叩くのは酷だ。

女性らしく化粧をしなさい、ヒールつきパンプスとストッキングを履きなさい、さもなければ仕事が得られません。こんなメッセージにさらされるうちに、次第に私は精神に支障をきたし、就活を断念せざるを得ませんでした。もともとは多種多様なジェンダー表現をしていた大学の同期が、有無を言わさず一律にこの女らしさに回収されていく恐怖と、ヒールつきのパンプスが履けない自分が出来損ないであるという思い、親への申し訳なさから、私は外に出ることができなくなり、布団をかぶって毎日死ぬことばかり考えていたのです。

どちらかといえば前後が逆で、精神に支障をきたしているから気になりすぎたんじゃないのかね?

活動は正しいんだけど、余計なことしてると思う。「かわいそうに」って同情はできるけど、言ってることおかしいから共感は得られない。

マカロニ恐怖症の人が居たとする。

人間らしくマカロニを食べなさい、さもなければ栄養が得られません。こんなメッセージにさらされるうちに、次第に私は精神に支障をきたし、就活を断念せざるを得ませんでした。もともとは多種多様なパスタを食べていた大学の同期が、有無を言わさず一律にマカロニを食べていく恐怖と、マカロニを食べられない自分が出来損ないであるという思い、親への申し訳なさから、私は外に出ることができなくなり、布団をかぶって毎日死ぬことばかり考えていたのです。

みたいな。「何言ってるの」っていう成分が含まれるのは損だ。異常者が集まって活動してるの?って勘違いされるから。マカロニ食べなくても栄養は得られる。実害と思い込みが交差してワケわかんないことになっている。方針は正しいんだから、思い込みは除去しなければならない。

っていうか「同情できなければ非人道的だ」と主張したいんだとすれば、「女性も社会進出!」とかあんまり言わないほうがいいんじゃない?社会進出したいけどできない女性の悲しい気持ちは放っておくわけ?「女性の社会進出はあたりまえ!」とか言われて追い詰められて自殺したりしてっけど。

相手を叩けばいいと思ってる。自分の被害を語って罪悪感を与えれば勝ちと思っている。理にかなわない余計なこと言って敵を増やしてるのがもったいない。

あと「ステレオタイプ」って言葉。便利ね。でも「多様性を認めるのなんてステレオタイプ」になったとき、どうする?多様性と言うステレオタイプに反対する?しないっしょ?「ステレオタイプだから悪」ってのはおかしいんだよ。ステレオタイプであることは対象が悪い理由にならない。

「ステレオタイプだから何?」っていうのは、「お前にとって都合の悪いステレオタイプだけ否定するんでしょ?」っていう意味だ。都合のいいステレオタイプは保護されるんだって分かり切っているから。

◆土俵は女人禁制であるか

禁制です。なぜなら、相撲は神事だから。

ツイッターのユーザーの1人は「1秒を争う状況で信じられない発言」と行司のアナウンスを非難。別のユーザーも、大相撲のイメージを傷つけかねないと懸念を示した。

救命処置の女性に「土俵下りて」、相撲協会が「不適切」と謝罪

信仰に対する無理解は悲しい。

人の生き死にがあるから、アナウンスが不適切だったのはそうだろう。どう考えても人命の方が重いケースだった。だから「アナウンス不適切だった。ごめん。」って謝ったね。

だけど神事だ。信仰と緊急時対応がごっちゃになって変なことを口走ってしまう事もあるだろう。それを「信じられない発言」なんて言ってしまっては、多様性に背くことになってしまう。信仰の自由を毀損してしまう。

同市長はあいさつ後、市役所で会見。4日の舞鶴巡業の「女性は土俵から下りて」というアナウンスが流れた件を引用し「けがれを払うように塩をたくさんまいた。女性として侮辱されたような気がしました」。来年の宝塚開催には意欲的で「土俵上でも下でもいいので(男性と)平等に扱ってほしい。女性だから土俵に上げないというのは差別。議論してほしい」とする文書を日本相撲協会へ提出する意向を明かした。

女性市長「悔しい」土俵下あいさつ、男性からヤジも

残念ながら愚かだ。なんの勘違いをしているんだろう。相撲をその辺のスポーツかなんかだと思っているんだろうか。

この女性市長が「土俵上で挨拶したいっす」とかいうのは、破廉恥だ。デリカシーが無い。他者の信仰を許容する気持ちが無い。頭の中は自分の感情ばっかりだ。「私はこんなに悲しんでいる」「だからあなたが悪い」みたいな。だけどこれ神事なんだよ。男子禁制の宗教があったってそれに文句を言う人はいないだろう。なぜ土俵に男女平等を求めるの。

あの件は例えるなら、たまたま女子更衣室で女生徒が倒れたから男性教師が救命にあたったようなもんだ。救命だから問題なかっただけで、「男性差別だよね?」「悪しき風習だよね?」とか言いながら男性教師が女子更衣室に入っていいわけがない。

◆結論

ってな。書くの疲れた。

つまるところ、フェミニストだから叩かれているんじゃなくて、おかしいこと言っているから叩かれるんです。付け入る隙があるから叩かれるんです。気を付けたがいいよ。

以上。