気づいただけのこと。

◆弱りに付け込むこと

人助けをしたいと基本的に思っているのだが、相手が男性か女性かで対応を分けてたかもと気づいた。

弱っている女性から人生相談みたいなもの(愚痴じゃないやつ)を持ちかけられたとき、アドバイスはするけど自腹を切ってどうこうするみたいな選択を避けてきてたかも。

正確には人生相談を持ち掛けられるというか、世間話をしてて俺が気になったポイントとか違和感について質問に質問を重ね続けて相手の悩み事にぶち当たって相談みたいになる状況。

やれること、してほしいことを出来る限りしてあげたい気持ちでいて、でも異性にはブレーキかかるわ。口だけのアドバイスになっちゃう。それは、弱みに付け込んで距離ちぢめようとしてるような感じがしてたからかも。

己の意図に関わらず距離は縮まってしまうものだし、縮まる距離を計算に入れないまま朗らかに異性と関わってたら人間関係が変なことになってた。その経験から助けに制限をかけていたようだわ。自分に全く下心が無いとも言えないはずだし。スケベおじさんですから。いま下心なくとも後で発生するかもしれないし。

最果てのスケベ心(LU)は別にバレてもいいというか、スケベと認識されても何も困らないんだけども、助けになりたいという気持ちと混ぜられたくないかも。見返りは要らない。あわよくばとかも無いし逆に俺のことは雑でよい。俺の助けた借りを他の誰かが困ってるときに返してくれれば俺は満足する。という感覚を疑われるのは看過できないかも。スケベ心はスケベ心として独立して持っているんです。スケベのために縁を全うしているわけじゃないです。

上記を自覚できたからと言って「下心とかはないよ」と言いながら異性を助けるのも意味わからんし。それはつまりあるということになるんだし。

◆してやらぁ

男性と話してて悩みを掘り当てたときは、面倒ごとであっても「じゃあ俺が~してやるよ」と言うことが多い。心からしてやっていいとノリノリで言っているが、断られることも多い。でもチケット売らなきゃならないとか催しの参加人数が足りないとか打ち手が足りないとか行きたい場所に一人で行きづらいとかオススメの漫画を貸すとかは断られない。そんな困り事もレアだけど。

そして、その「してやらぁ」は女性には言ってなかった。それを俺は自覚していなかったんだけど、昼寝してたらふと気づいた。壁あったわ。

まえに「男性がニコニコしながら女性の後輩にミスドの新作ドーナツを分けてあげると勘違いされかねないから気がないならそれをするな」という注意を女友達にされたことがあって、それと接続された気がしている。

俺は三人兄弟の末っ子であるから、お兄さんぶりたいところがある。でもその衝動はある程度で抑えないと違う話にもなりかねん。(花とか指輪とかじゃない🍩の類でも)女性にプレゼントするとか、愛想よくウキウキ接するとか、困ってるのを助けてあげることであっても、何らかの見えない責任が伴ってる。あげて終わりハッピーイェイイェイじゃ済まないかもだし、俺はある面ではそれを感覚的に知っていたっぽい。

だいぶ前に治したけど、老若男女問わず物理的に距離を近くしたがる気持ちも問題ある。べたべたするのは行儀がよろしくない。でも欧米式の挨拶はなんか急に触れてて個人的には良いなとも思う。汗だくのオッサンとかであっても別に俺は嫌とも思わずハグできる。お前どう?

◆つけこめ!

ノーブレーキも良いだろう。俺はブレーキしますけど。

相手の性別年齢問わず同じように自分を奉げてもいいとも思う。距離が縮まりすぎてこじれたっていい。もっと言えば好かれの責任をとれるなら付け込むのもありだ。平等より特別扱いに感応して嬉しがる人間も多いわけだし。特別扱いされていると思い込みたい人も多いわけだし。

◆つれあい

彼女がいるときはブレーキが緩くなってしまうということも自覚した。彼女がいたり妻がいたりすれば、席が埋まってるから気が楽でブレーキかからないのだろう。ただ、彼女がいるのに任意の女性に積極的に関わって助けているとまた違う話になる。だからまた別の新しいブレーキが必要。

◆結

クーラーが苦手だったんだけど、部屋のクーラーは最近克服出来てきた気がする。一番の苦手は車のクーラーであるから、どこかで試したい。