信仰の対象が不確実であり続ける限り、いまある確実な不満よりもそれを信じていたい。

◆党派性

昨日、衆議院議員選挙の開票がなされた。

衆議院選挙2021特設サイト | NHK

面白い動きありつつ、各党の議席数だけで言えば肌感覚的に妥当っちゃ妥当な結果に収束した。自民の議席は261の圧勝。むべなるかな。

良いとも思わんし悪いとも思わん。「助かった…」とは思った。

▼あついゆか

ちょくちょく以下のようなTweetを目にする。

なんだろうなこれ。想像力の欠如に他ならないのだが、あんまりだ。

政治家個人を見て投票するのはわかるが、「与党が嫌だから」という理由で野党を推すのはおかしいだろう。政権交代すればこの人は満足だったのかもしれんが、それ日本がどうなるのかとか考え及ばんのかね。

「なんで日本国民は熱い鉄板から降りてマグマに飛び込まないんだ」とほざいている。誓ってもいいけど、立憲民主党が与党になっても不正は減らないよ。よりひどくなるかもしれない。立憲民主党が国会で詰められるようになるってだけ。

▼未知

これは半ばしょうがない話でもある。

暑い部屋に閉じ込められて「ひんやりした部屋」とか書かれたドアが設置されていたらそっちに行きたくなるのが人情というものだ。ドアの先が未知であっても。

実際のところドアの先が未知であるかどうかは、各人の思考能力に依存していた。立憲民主党&共産党が与党になった未来のヤバさとか、容易に想像つくでしょう普通は。

ドアについている小窓を覗けば、向こう側が灼熱のタコ部屋だということが見て取れる。

▼未知の信仰

幸いにもTwitterには「ドアに小窓ついてるけど」とか言ってくれる人もいる。が、思考能力が小さい人にとっては小窓なんてどうでもいい。

いまいる部屋が暑いのだとても。汗が止まらない。それ以外のことを考えるだけの思考リソースは脳に残されていない。「向こうの部屋は涼しいらしい」と仲間うちで囁きあうことしかできない。

「涼しいかもしれない」は希望だ。そしてその希望を仲間と語らううちにそれは「実際のところ涼しい」になる。

考えていることがおかしいわけだから同室の人間から「お前それ考え方おかしいよ」と言われるわけだが、残念ながら頭がよくない。正しいことって少し難しいから、理解するまでに普通5秒かかる。頭悪いのでオマケで30秒かかる。ある事象について、この子が30秒も思考を続けられるわけないでしょうがアナタ。考えているうちに思考がどっかに飛んで行って、白になる。ハングする。その空白を理由に理解を拒むことができる。

もっと単純な、飲み込みやすいことを信じたい。そこに行きたい。それはユートピア(理想郷)だ。自分の思い描いた理想の場所であるわけだから、一番飲み込みやすいに決まってる。

未知はユートピアにすることができる。逆に、現実を現実的な手順でコツコツ改善していく方法なんて

よぐわがんに゛ゃい゛

ただ幸せになりたい。ひんやりしたい。あのドアの先はひんやりらしい。

◆宗教

ベスト・オブ・未知はスピリチュアルの世界に存在している。極楽浄土あるいはheaven。YHWH。未知の中の未知。未知の証明はできないから無限に信仰しうる。存在しないから。存在してしまった時点で信仰の対象として弱い。己のクリエイティビティを発揮できないから。

スピリチュアルが発明された時代に科学は存在せず、不条理に思える現象、すなわち未知が世界に充満していた。電気がわからないし雷がわからない。病原体がわからないし疫病から身を守る薬やワクチンが存在しない。でも死の恐怖はある。現実を悟りきるか、信仰で現実を歪める他なかったのだろう(超適当)

科学によりその役目をある程度終えても、宗教はまだ必要であり続ける。具体的に現実を良くする方法について思い当たることが出来ない人々がいるわけだから、少なくとも彼らにとっては救済が必要。倫理を介さぬ暴力的なクソ馬鹿に未知を押し付けて縛ることすらできる。俺だっていずれ宗教のお世話になるのかもしれない。人に何が起こるかはわからない。

◆ネットワークビジネス

アムウェイとかミキプルーンとかニュースキンとか。Twitterのセミナー商法とか。らくちんで金稼いで不労所得で幸せになれます。

とかいいつつ家庭崩壊させたり借金まみれになったり友人関係がズタボロになったりしてますよね。

これもまた信仰の為せる御業だ。真実を蔑ろにし、信じたいものを信じるというパワー。異教徒からの説得は意味をなさない。

▼信仰で現実が崩壊する

信仰は人間の認知能力に多大な影響を及ぼす。信仰で認知が崩壊するのか、認知が崩壊して信仰することになるのか。それはわからない。

ただ言えることとして、信仰は現実によって崩壊しない。幸福をもたらすはずの宗教によって不幸になったとしても信仰は揺らがない。明日は幸福かもしれないわけだから誤謬はない。明日は未知だから。信仰で病気が治らないのは、まだ信仰心が足りてないってだけかもしれないから。そして何より今日が、現実が嫌だから。

▼サンクコスト

埋没費用。すでに投資してしまって回収できないコストに執着し、物事から逃れられなくなること。

ネットワークビジネスは顕著で、かけた時間や金銭、それを引き換えに得た虚無の人間関係を惜しむ力学で信仰心を強める。

◆健康

健康の不安から逃げるために未知を信仰する。

▼反体制

信仰は反体制により加速する。最初にあったように「今ある状態が不快」であることを理由にして信仰が開始されてしまうケースがあるから。「今ある状態をもたらすもの」とは?日常に干渉する大いなる力とは?そりゃ政府組織だ。

例えば

コロナウイルスという健康の不安から逃走するために何かを批判したい気持ちがする

とすれば、まぁ政府を批判することになるんだろう。あるいは医学という権威を否定したい。「政府がコロナウイルスを広めた」「マスクは無意味」「ワクチンは毒」「コロナは風邪」「5Gで操作」みたいな扇動は、つまり現実を現実的に提供してきやがる体制に抗いたいからそうなる。

むろん政府にも批判する余地はあるが、信仰から発した批判をしていれば世間とズレるよな。

現実と体制の否定は洗脳の糸口になる。「現実つらいよね?」「自民党はつらいね?」「あなたの素敵な未知を否定してくる人間のせいで不快だよね?」ここまで行ったらもう自己洗脳のループで無限に落下できるでしょう。周りを巻き込むことすらできる。独り立ちだ。

▼賭博

信仰はギャンブル依存とも絡む。

例えば「10回に10回、当たり前のものが出てくるくじ引き」と「10回に1回、よくわからんけど気持ちいいくじ引き」があったとすれば夢中になれるのは後者だろう。当たり前に当たり前のものなんて、わかりきっていることなんて楽しくない。

ワクチン肯定派は当たり前のことしか言ってくれない。逆に信じたくないことすらぶつけてくる。その点、ワクチン否定派の友達がくれるご褒美はモノが違うわ。未知だ。どこかの国の博士風の人間が反ワクチンの決定的情報をたまにもたらしてくれる。事実かどうかなんてわかんないけど、これは刺さる。

情報が曖昧であればあるほど、都合よくとらえられる余地がある。ご褒美を自分の能力で大きくすることができる。

時に偶然(ワクチンを受けた人が自然死すること)が起こったら、それを奇跡として崇め奉ればいい。単に起こりうる偶然を奇跡にして意味を見出せば信仰は強化される。天気悪くて落ちた雷を神の怒りってことにすればいいし、ワクチン打って神の怒りに触れた人は2年後にハイヤーパワーで死ぬ。正しい知識なんて絡む余地もない。

▼レメディ

よくわからん物以外信じられないということが理解できたかね。未知とは無限。だからレメディを子供になめさせたくなる。

レメディって何かって?

レメディーとは、植物、動物組織、鉱物などを水で100倍希釈して振盪(しんとう)する作業を10数回から30回程度繰り返して作った水を、砂糖玉に浸み込ませたものです。

「ホメオパシー」への対応について魚拓

まじないだ。マジないわー(激うまギャグ)

嘘みたいだけどこれを信じている人が少なくない数いるのだ。問題になるほどに。「無農薬野菜ほど健康によい」みたいな信仰もその類だな。

◆対信仰

信仰はよっぽどじゃないと剥がせまいて。むしろ体制側に立つお前が反論すればするほど敵となってしまい、彼らの信仰を加速させてしまう。俺たちが砂漠になり、陰謀論はオアシスになる。

▼説明はできない

説明ができないものを説明ができない故に信仰しているんだから、説明しようがない。

正論言っても駄目だわな。理解できないんだもんよ。認知に不具合を抱えている人間は、正常なものの見方ができていない。正常な理論を辿れるわけない。

直情的な彼らと話し合えば争いになる。気づきを与えるしかないし、小さい負荷で気づきを与えるには彼らの味方であらねばならんのだよ。あいまいな物言いをしてもいけない。大局的な視点を彼らは介さない。「野党に政策遂行能力ないやろ」とか、容易に予想されるようなことでもそれを適示したってダメ。

ただし、新たに飲み込まれる人は減らす必要がある。それも言い争うんじゃなくて、ただソースのある事実を張り付けておけばいい。

▼求めているものを

相手が求めているものを理解し、提供できるもんならそれを提供することだろう。

彼らは正しさや正義や理屈を求めている人ではない。根源的には愛とか、人のぬくもりとか、あたたかな寝床、精神の安寧、温かいお茶、モフモフの犬、ムニムニの猫。それらで解決する部分も大きいのではないだろうか。

しらんけど。試したことないけど。

▼信仰には信仰を

「あなたが信仰してるように、私も信仰しています」をする。神を勧めてくる人には神を勧める。物を売ってくる人には物を売る。

やったことないけど。

反体制という信仰は覆すことできないだろう。殴り合いになっちゃうね。

▼図解

なんか図解とか対応表により説明できないんかな。無理かな。

◆結

そういう構造なので、信仰している人を過度に心配する必要ない。彼らを恐れる必要はない。放っておけ。悲しむな。争うな。どうしても助けてあげたいんであれば、その時はまずお前から信仰に理解を示すべき。さもなければ向こうも理解してくれない。

かように騙されたい人が一定数いるので、いい宗教を作ればそれは世界を幸せにもできるんじゃないだろうかと思う。宗教として正しく勉学をさせてみたい。

ただし説明できてはいけない。未知を含まなければいけないのだ。