ライブが当選したんで歌詞考察する。折角だから最新の曲を考察しよう。ライブは2019年7月13日のメットライフドームだ。埼玉で会おうぜ!

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※おことわり※

個人的な考察にすぎねぇから、あんま鵜呑みにすんなよ。

あと、この曲あんま好かない。好かない理由も書いていくんだけど、逆に今まで考察してきたBUMPの曲のどこが良かったのかを考える機会になったな。
そんなもんで、いわゆるBUMP信者のひと、幸せな世界に居たい人は読まないほうがいいんじゃなかろうか。 怒りが発生する恐れがある。

考察読んで殺意が湧いたんならコメ欄に書いていってくれ。コメントの返信はしたことないけども、思うことがあるなら光る羽根与えていけばいいじゃない。

よし、じゃあイクゾー。

もうきっと多分大丈夫 どこが痛いか分かったからね

「痛い場所が分かったら大丈夫」より、いままでどこが痛かったかが分からなかったということが読み取れる。後の歌詞を鑑みるに 、痛いか痛くないかすらわからなかったんだろうと思われる。

自分が悲しいとすら思えていない悲しみ…例えば「むしゃくしゃ」と近いようなものだろう。漠然たる不安、自分のしていることが正しいのか正しくないのかの判断がつかない。テレビ見たり雑誌読んだりするだけで何となく苦しい。趣味すら手につかない。

適当に言語化したけど人それぞれだろう。そして、その「むしゃくしゃ」の原因がわからなかった。だけど、分かってしまった。その分かってしまったこともツライ。なぜか。それは「むしゃくしゃ」が自分の汚い感情であるか、あるいは親だとか友達だとか配偶者の嫌な部分だったからだろう。

それらを解決するすべは今は分からない。だけど、分かったんだからきっと多分大丈夫

自分で涙拾えたら いつか魔法に変えられる

なんか言葉が軽い。段階踏んでほしいんだけど。

この曲は何というかマップ兵器だと思う。
例えば「栄光の架橋」って曲あるっしょ?あれこそマップ兵器よ。つまり、大勢の人間の感情を平均して、それらを感動させるためにザコでもわかる平易でキレイな言葉で爆撃した曲じゃん。

いままでBUMPの曲をいくらか考察してきたんだけど、素晴らしい曲ってのには切実さがあったと感じる。ある一人の心にフォーカスしている曲が多かった。ひとつの人生を感じることが出来た。その点この曲には登場人物がいない。や、いなくていいんだけど、なにか安全圏から神がしゃべっているような曲だ。つまりマップ兵器だ。

「話がしたいよ」で個人の極致というか、そういうのを表現してしまったからあえて逆にふったんだろうか。「話がしたいよ」はすごかった。まず何も起きてないし、何も困窮してないし、曲が終わっても自分にすら全く何も起きてない。ボイジャーのくだりの脈略ガン無視した思考の飛びも個人的すぎる。「この曲の考察なぞ無粋」と言わんばかりだ。良い曲だけどアレをタイアップに持っていった判断もすごいな。

その点なにこの曲。俺はこの曲が発表されたことを悲しく思う。どうしたの。「藤くん」が好きな人向けに作ったんだろか。いいのか。そいつらはBUMPが歌っている限り曲を正当に評価しないぞ。「BUMPが歌えば良い曲」なんだから。BUMPが「栄光の架橋」歌ったら「神曲」とか「尊い」とか言い始めるんだぞ。ゆずが「ray」歌っても評価できないんだぞ。雰囲気だけで評価してんだぞ。いいのか。

まぁいいや。悲しいけど。引き続き考察させていただく(悲)
え?ライブ?そりゃあ行くよ!イェーイ!

えー、歌詞の意味。
自分の悲しみを悲しみのままにしておく事があるだろう。そうじゃなくて、悲しみを拾ってあげなさいよという意味だ。向き合わない限り悲しみは悲しみのまま。ただ「魔法に変えられる」ってのが軽率すぎてもうね(呆れ)

魔法っていう言葉が与えるイメージは「原理不詳の力」だから、ここでの魔法って言葉はそぐわない。「魔法で変わる」んならわかる。でも「魔法に変わる」はおかしいだろ。今後の歌詞に関わるんだが、もっとちゃんと納得できる力にならないとダメだ。ふわふわした良く分からないものじゃ駄目だ。

ほんの少し忘れていたね とても長かった ほんの少し
お日様が無い時は クレヨンで世界に創り出したでしょう

「あなたはいま困難に逢っているが、それは思っているよりもっと単純な構造だったんだよ。」という意味合いだろう。

「世界」はスケッチブックの中の世界なんだろうか。それとも現実世界のことなんだろうか。すなわち「クレヨン」が比喩か否かだ。

これは、「スケッチブックの世界」とさせていただきたい。なぜなら、子供の頃って自分で困難を脱却するのは難しいじゃん。クレヨンでお絵かきをするのは幼稚園~年少ぐらいだろう。それは親を頼らざるを得ない。

が、スケッチブックの世界は自分の思ったことをカタチにできる。そして、それと同じように今、この世界で自分の思ったことをどうのこうの。

「ほんの少し」という言葉はつまり、被害が軽微であったことを表現している。子供から大人までは時間としてとても長かったんだけど、でも大丈夫だ。間に合う。ってことを言っているんだろう。

ここまで言っちゃうともう言いがかりに近いんだが、なんか歌詞がしゃらくさい。「クレヨンで~」で無垢な感じを「演出」しようとしているのが透けて見えて嫌だ。

正義の味方には見つけて貰えなかった類
探しに行かなくちゃ 呼び合い続けた あの声だよ

正義の味方は困っている人を助けるんだけど、まず困っている人を見つけなければ助けられない。「困っている人」の正体については次の歌詞で触れている。

困っている人がいるんだけど正義の味方に見つけて貰えない、つまり頼れない状態であるので、自分で探しに行かなければならない。

なんかまだ不満点あったんだけど、歌詞が既存のBUMP曲のツギハギだわ。もっと有り得ない語彙を使ってきただろ今まで。

溜め息にもなれなかった 名前さえ持たない思いが
心の一番奥の方 爪を立てて 堪えていたんだ

「トーチ」の考察すりゃよかった。同じく爪立ててるけど、あれはホント泣ける。

「悲しい」とか「苦しい」みたいに名前をつけられない思い。モヤモヤとはっきりしない感情がある。それはある程度いけば辛さ、すなわち溜め息として表面化するんだけど、そこまで達していない。

その思いが心の一番奥の方で爪を立てて堪えていたんだってサ(むかしばなし)

やっぱりなんか現実味がない歌詞だ。「爪を立てる」のはつまり獣のようなものと捉えたが故の表現なんだけど、でもこの曲だと獣は突如ポッと出てきて即座に消える。
トーチだと(長くなるので省略)っていう表現がされていて超泣ける。あと「夢の飼い主」も (長くなるので省略) 超泣ける。

あと、心の一番奥なのに到達するまでの道筋がない。「探しに行かなくちゃ」段階で探し始めたのにもう心の一番奥ですか。おかしくないですか。どんな構造の心ですか。

触れて確かめられたら 形と音が分かるよ
伝えたい言葉はいつだって そうやって見つけてきた

雑かよ。いや、一旦おちつこう。冷静に考察します。

「心の一番奥に居た思い」を見つけた。見つけただけだとよくわかんないんだけど、例えば触れば形と音が分かる。

どういうことかというと、悲しいことっていうのはあまり考えたくない。考えるとツラくなるから。それが「見つけた」状態だ。そこから一歩進んで悲しみの原因と向き合い対処しようとしたときに「触れる」ことが出来る。

「伝えたい言葉~」は誰から誰に伝えたい言葉なんだろうか。判断材料が無い。ここでは「だれか」という事にしておく。「自分から自分」という解釈はしない。なぜなら「もう一人の自分」を歌詞中で完全に分離してないからだ。

振り返れば途切れずに 歪な線を描く足跡
悲しいくらい分かりやすく いつもここに向けて伸びる

人生の道程について表現している。途切れておらず、真っ直ぐでもない。
なにが「悲しい」のかというと、自分の現状が全て自分の選択の基で決定されているからだ。

まず自分の現状には満足しておらず、その現状が全て自分のせいであることが悲しい。

大切にするのは下手でも 大切だって事は分かってる
せめてその白い手紙が 正しく届きますように

「白い手紙」が大切なんだそうだ。「白い手紙」とは?なぜ黒じゃないのか?白紙の手紙だろうか。色が白い手紙だろうか。

後の歌詞で「羽ばたいた言葉のひとつひとつ 必ず届きますように」っていってるんだけど、同じものと考えていいんだろか。違うんだとしたら紛らわしすぎるが。

ちょっと投げやりな考察だが、少なくともなんらかの言葉だろう。言葉を大切にするのは下手であっても、言葉が大切だってことは分かってる。つまり「白い」は「悪意のない」っていう感じで、それが曲解されず伝わるように願っているんだろう。

考え過ぎじゃないよ そういう闇の中にいて
勇気の眼差しで 次の足場を探しているだけ

なんか世界が一貫してない。比喩があっちこっち飛んでて情景が想像される前に別の話をしてしまっている。歌詞の前後関係が希薄だ
いままでの曲はよく聞けば前後のつながりが読み取れたが、今回はそれがない。フレーズの配置に必然性が感じられない。曲調が一定だから歌詞は体系立ててくれないと理解が難しい。

はい。じゃあ読み解こう。

何を「考え過ぎ」なんだろうか。
じゃあ例えば、誰かから「考え過ぎだよ」と言われる事があるだろう。その結果あなたは「考え過ぎなのかなぁ」と思ったとする。それに対する言葉としてのフレーズだ。実際のところ考え過ぎなことも多々あるわけだが、「悩むことは正しい行為だよ」という肯定をしている。

「闇」は未来を考えている時の先の見えない不安とかだろう。が、考えないよりは絶対に考え過ぎた方がマシだ。考えることは勇気ある行為だ。

良いこと言ってんだけど、やっぱ歌詞が一貫していない。

解き放て あなたの声で 光る羽根与えた思いを
その足が向かうべき先へ そうしなきゃ見えなかった未来へ

一行目と二行目で向き先が違う。「思い」にフォーカスしたのに「その足」っていうふうに自分にフォーカスしている。情景としては抑圧されていた「思い」が解き放たれて輝いているシーンなのになんか昇華されずに終わってる。思いと一体化しているわけでもない。

思いは抑圧されていたんだけど、自分の言葉を使うことで解き放たれた。つまり、解き放つことが出来なかった「光る羽根を与えられた思い」…
なんか…なんか変な歌詞だな。「解き放つ」と「光る羽根与える」の意味が重複しているように思える。

例えば俺の財布に光る羽根を与えたとする。さすれば俺の財布は飛び立ち、俺はとても困る。それは「解き放つ」と同義だ。だから考察を放棄する。真面目に読んでもらいたいなら真面目に作詞しろ。

「そうしなきゃ見えなかった未来」について、逆に「何も言えなかった」ことで未来の可能性が失われる場面は多々ある。「バイトやめます」と言えないと一生バイトすることになる。「一人暮らしします」と言わないと一生実家暮らしだ。

諦めなかった事を 誰よりも知っているのは
羽ばたいた言葉のひとつひとつ 必ず届きますように

「諦めなかった事」を、あなた自身よりもあなたの言葉のほうが知っている。ということを言っているんだろう。例えば、口に出して初めて納得感が得られることがある。話しているうちに自分の心の中で、何がしたかったのかが整理されていく時がある。

そういう心からの言葉が必ず届きますように。

届きますようにってなんだよ。なんか…もうちょっと寄り添えよ。お前が思ってるより祈れてないよ。

もう一度 もう一度 クレヨンで 好きなように
もう一度 さあどうぞ 好きな色で 透明に
もう一度 もう一度 クレヨンで この世界に
今こそ さあどうぞ 魔法に変えられる

うん。

ああ、なぜ、どうして、と繰り返して それでも続けてきただろう

何を続けてきたんだろうか。なんかもう曖昧なままでいいような気もするが。曖昧なままにしておくか。疲れたし。

心の一番奥の方 涙は炎 向き合うときが来た

おじいちゃん。さっき向き合ってたでしょ?忘れたの?

頑張り終わった人に「頑張れ」って言ってるようなものだ。「え?お、おう(困惑)」としか言えない。

触れて確かめられたら 形と音をくれるよ

ここの対比はすき。いや、好きなところもあるよ。この曲全部を嫌いなわけじゃない。総合したらガッカリってだけだ。

自分の思いに向き合っているつもりで大抵の人は向き合えていない。自分の思いに向き合うことが自分の「形」をつくる。芯を作ってくれる。
もう一度いうけど、大抵の人は向き合えていない。向き合ったつもりになっているだけだ。一年かかってもそう簡単に自分の「本当に求めていたもの」にたどり着けるものではない。

本当の想いに触れて確かめることができれば、後は自ずと形がきまる。

あなたの言葉がいつだって あなたを探してきた
そうやって見つけてきた

「言葉が探してきた」はさっきいったようなものだろう。「話しているうちに自分の感情に気づく」みたいな。

そうやって自分を見つけてきたんですって。

考察はおわり。

◆PV

なにあれ。ふざけんな。と言いたいが、でもまぁ曲もコレだからどうでもいいかと思った。ふつうのBUMPの曲でアレやられたらおこですね。

というのも、曲って色とか匂いとか温度とかあるじゃないですか。それがガン無視されてるよね。「作りたい画を作って当てはめた」感がやばい。プロの仕事じゃない。エゴの生み出したバケモノだ。

でもまぁいいよ許す。ただ、もう二度と映像作品つくっちゃ駄目だよ。

◆結論

なんかごめん。「R.I.P」の考察もなんかごめんだったな。次はもっとエロい曲考察するわ。