やぁ。ENTPおじさんだよ。こんな格好ですまんね。

御覧の通りの全裸だけど、ENTPについて複数の能書きを参照しつつ自己に当てはまるかどうか自分語りするよ。僕を知ってほしいんだ。

外向 (Extraverted)、直観型 (Intuitive)、思考型 (Thinking)、知覚型 (Perceiving)

らしいよ。なんのことだか僕にはわからないけど。

◆16personalities.com

王道を往く性格診断サイト。たまにやるけど毎回討論者。

entp型の性格 | 16Personalities

討論者型の人達は、究極の悪魔の代弁者で、議論や信条を木端微塵にして、その切れ端を皆の目に届くよう風になびかせるといった過程を生きがいにしています。

読んだとき思わずワロタよ。一文目からもう「俺かな?」といった風情。

議論や信条を木っ端微塵にして、その切れ端を皆の目に届くよう風になびかせるのが好き。

いやこれ説明そのまま転記しただけになってんだけど、表現がこれ以上なく適切。誰かの考え事とか誰かの信じていることについて、その一段上から読みこんで理解したら、それを粉々にして風になびかせたい。

すごい。これ書いたやつすごい。

より意志の強い他の計画型とは異なり、討論者型の人達がこうするのは、より深い目的や戦略的目標を達成するためではなく、単純に楽しむためなのです。討論者型の人達ほど、精神がぶつかり合う過程を楽しむ人はいません。

そうね。何かを達成したいがためというか、趣味でそういう振る舞いをする。そして常に誰かからの反論を実は待っていたりする。実生活でもネット上でも。

なかなか反論はもらえない。わざと片側に倒したり隙を作っても雰囲気づくりしても反論してもらえない。ブログにも殺害予告が来ない。なんで。結構絶許系の記事書いてるんだけど。

討論者型の人達にとって、これは、楽々と機転を働かせながら、これまで培ってきた幅広い知識と異なる考え同士を繋ぎ合わせられる能力を活かして、自分の主張を証明する訓練ができるチャンスなのです。

そう。議論が好きではあるけど何かについてそんなに深刻に考えてもいなくて、ただ展開していく様が楽しげで好き。でも深刻な議論をするのも好き。

自分が議論に入らず、だれかしら同士で議論させて最終的に収まった感じにするのも好き。

逆に言えば、お前らってどうでもいいことについて真剣に議論しすぎてないかとも思う。俺は割と常にゆるく議論している。

討論者型の人達の性質には奇妙な対比があります。頑として正直な一方、実際には信じていない物事を懇々と諭す一面があり、他人の跡を継いで、別の視点から真実を論じます。

よく俺のことを見てる。ストーカーかな。

全然信じてないことについて理屈を組み立てて相手を説得しきることができる。それも「騙そう」とかしてるわけでなく、必要だからそうしているのだが。

「他人の跡を継いで」話すのも得意。「いやいや、お前はこう考えてたんだろう」っていうのを、その人自身より理解して話したことが結構ある。複数の視点をさらって話すのも得意め。時間をもらえたら隙のない会話をすることができる。

悪魔の代弁者を演じることで、他人の論法を感じ取る力を養っているだけではなく、対立意見に対する理解力も身につけています ―これは討論者型の人達は議論する人種だからです。

うん。

この方策は、外交官が求める相互理解とは異なります。討論者型の人達は、あらゆる分析家同様、絶えず知識を探求していますが、知識を得る上で、あらゆる角度や側面から、考えを攻撃、弁護するよりも良い方法とは何でしょうか?

考えを攻撃、弁護っていうのは、やってるな。ひとりでそれをやってる。そうしている自覚があるわけじゃなく、結果的にそうなってる感じだけど。

討論者型の人達は、負け犬になることにある種の喜びを感じています。楽しく頭をフル回転させながら、一般的な考え方に疑問を投げかけ、自らがかけがえのない存在となって、既存のシステムを作り変えたり、物事を根底から覆して、巧妙で新しい方向へと導いたりします。

ホントに凄い当たっている。負け犬の立場のほうが好き。相手より有利な立場であることを避けようとする。なぜなら、自分が上の立場だと相手からの発言が鈍ることが多いから。忌憚ない意見を常に求めている。

既存のシステムを作り替えたり…したいようなしたくないような。できるなぁとは思っているけど、できるなって思うと興味を失ったりする。

それより最近は、なんで俺が考えねばならんのだと思っている。なんで俺しか考えられないの?何をお前ら考えてんの?と思う。というのも、べつに何か新しいものを発明しているわけではないから。「よく考えたらこうなるのが明らかに正しい」に向かって進んでいるだけだから。

しかし、自分が提案した物事の実施状況を日々管理しなければならなくなると、悲鳴を上げます。ブレーンストーミングをしたり、大きな視野で物事を考えたりするのは好きですが、「面倒な作業」をする羽目になることは是が非でも避けます。

おっしゃる通りで。仕事は仕事なんでまぁやってるけどよ。好んではいないな。

ただ、面倒な作業自体はそんな嫌いでもない。結果が見えている定型作業をするのがいやだ。皿洗いが嫌だ。

全人口のわずか約3%を占めていますが、討論者型の人達が根本的なアイデアを考案するのだけをした後で、より数多くいる綿密な性格タイプの人々が、その実施とメンテナンス作業をするには、ちょうどよい割合です。

俺みたいなのが3%もいるの。マジ?アメリカではって話かな。

討論者型の人達の議論能力は、厄介な存在にもなります。必要な場面で活かせることが多い反面、例えば会議中に人前で上司に向かって疑問をぶつけたり、重要な相手の人の一語一句に揚げ足を取ったりして、他人の気持ちを踏みにじって、無残にも失敗することもあります。

言いたがりではある。何を集まってトロくせぇことやってんだとしばしば思っていた。今の案件は賢い人が多いから助かってるけどね。

とはいえ、個人的には「人の気持ちをどうすればいいのか」ってところの考え事をとても沢山してきたから、全部をいい塩梅にする自信あるよ。ひとを丸くしたりよしよししたりするのが得意です。

でも人の尖ってるところを蹴飛ばすことに躊躇したりはしない。折るときは折る。でも気持ちの結果まで考えて運用してますよ俺は。

また、頑固なまでの正直者で、遠回しな言葉を使わず、気配りができる、優しい人だと思われたいという気持ちがほとんどないために、状況はさらに複雑になります。

遠回しな言葉がとても嫌い。失礼なほうがマシ。罵声のほうがマシ。失礼な奴にいちいち怒らんが、遠回しに誘導してこようとする奴はイラっとする。「こうして欲しいと普通に言え愚か者」と詰め寄りがち。

気配りができるとか優しいとかは微塵も思われたくない。「思われたいという気持ちがほとんどない」というか、個人的には思われたくない。なぜなら「優しい人」に対してお前ら遠慮するから。俺を繋ぎとめようとして手加減してくるから。

それが嫌。お前がどんな人間であろうが俺は会話する。俺はしょうもねぇことで機嫌を損ねたりするような低能とは違う。みくびんな。って思ってるのかね?俺は?

同じような思考を持つ人とは、ある程度うまくやっていけますが、より繊細な人や社会一般の人々は、対立を嫌うことが多く、気持ちを優先に考え、心地良い雰囲気を好み、不快な真実や硬い良識に対して、罪のない嘘さえつきます。

そうねぇ。まぁ必要なんだろうと思う。土壌のような存在。現実世界では俺もそのロールを務めたりするけど、少なくともネット上では同意しかねる。

これに討論者型の人達は失望し、その口論好きな性格が災いして、時には気づかずに、他人の領域に土足で踏み込み、信念に疑問を投げかけたり、感情を無視したりして、後戻りできなくなることもあります。

失望…してるかもな。「それ意味わかって言ってる?」って思うことが多い。でもまーわざわざ刺してあげることはしないわ。その人の人生だもの。

ただ、刺さないほうが不誠実だと信じてる。俺の中では刺すほうが誠実であって、どうでもいい人に対しては手加減しながら生きてる。

やられたことはやり返し、甘やかされるのには耐えられず、人がとりわけ頼み事をする際に、遠回しな言い方をするのを嫌います。

やり返すねぇ。別枠で攻撃するんじゃなくて、あくまで因果応報を利用してやり返す。十分に説得したのち、分からず屋に対して「お前のフザケた選択によりこうなるんだからね」という感じでやり返してた気がする。

甘やかされも嫌い。というか、俺だけが特別に甘やかされるような状況が嫌い。その人が誰に対してでも甘やかすんなら特に何も思わないような気がする。

その視野や自信、知識、鋭いユーモアのセンスで一目置かれていますが、こうした能力を、より深い人間関係や恋愛においてうまく活かせないことが多いのです。

ふかいにんげんかんけい…友達は丁度よい人数いるよ?

恋愛は、やりゃやれるんだろうけど、別にっても思う。隣に人が居れば居たでいいが、わりかし一人でもすこやか。そして、なにより非モテを名乗りたい。方法論的に(誰がやってもできる方法で)モテることはできるかもしれんが、俺がモテたら俺じゃなくなるっていう気のせいがある。そしてモテるやつが言う下ネタは童貞に対するウケが悪くなる。

恋愛とかだと、相手を特別扱いせねばならん場合が多いでしょう。それもちょっと自信ないかも。できれば全人類を同列に扱いたい。特別扱いを求めている人に対してそうしてあげることは普通に、なにも思わずできるけども。

討論者型の人達が生まれ持った才能を発揮できるまでには、大半の人よりも長い道のりがあります。持ち前の知的独立心や自由な視野により、責任者になったとき、または少なくとも耳を傾けてくれる責任者がいる場合、とてつもない力を発揮しますが、そこにたどり着くまでには、乗り越えなければならない困難があります。

そう思う。脳が動かない作業に対して面倒くさがりだから。俺は人に恵まれましたね。サンキューですわ。

こうした立場を確保したら、自分のアイデアを形にする過程の中で、常に他人に頼っていることを忘れないようにしましょう。合意を作り上げるためよりも、議論に勝つために時間を費やすと、成功する上で欠かせないサポートを得られなくなることが多いのです。

その辺は知ってる。これは俺に対するアドバイスではないような。自分の仕事に対する自覚とか、自分の務めるべきロールが今なんであるのかってのを意識するのがいいと思う。

俺の至高の目標は幸福であるわけだから、そこに向かう行動だけするべき。周りの人の感情を損ねてたら、自分も楽しくないでしょう。助け合って笑いあって生きるのが幸福であるはずだ。

悪魔の代弁者役が板についている討論者型の人達にとって、最も複雑で価値のある知的挑戦は、より感傷的な視点を理解することと、理論や進展に並び、配慮と妥協点を議論することだと悟ることがあるかもしれません。

うぅむ。欠点を否定し続ける感じになっちゃって嫌だけど、俺は感傷的ですよ。悲しい人に対する共感が強めだと思う。人が気づいていないような悲しいことに気づいて「この人が悲しいからダメじゃん」みたいな指摘を学校とかで稀にしてた記憶がある。

支点の違いだろうか。俺は幸福、ひいては感情のために論理を使っているのかもしれない。人生が幸福であることを正しさとして設定している。

Knowledgeable – Debaters rarely pass up a good opportunity to learn something new, especially abstract concepts. This information isn’t usually absorbed for any planned purpose as with dedicated studying, people with the Debater personality type just find it fascinating.

ディベーターは、新しいこと、特に抽象的な概念を学ぶ良い機会を見逃すことはありません。このような情報は、熱心に勉強するような計画的な目的のために吸収されるのではなく、ディベーターの性格タイプを持つ人は、ただ魅力的に感じるのです。

選べるんなら新しいことを選ぶほうではある。常識外に近いものを自分の責任の範囲内で選ぶようにしてる気がする。「そうなるんだ」って思いたいから。

Quick Thinkers – Debaters have tremendously flexible minds, and are able to shift from idea to idea without effort, drawing on their accumulated knowledge to prove their points, or their opponents’, as they see fit.

頭の回転が速い – 討論者は非常に柔軟な頭を持っており、努力せずにアイデアからアイデアへと移行し、蓄積された知識を駆使して自分の主張を証明したり、相手の主張を証明したりすることができます。

回転は速いような遅いような。会話の展開を楽しいほうにポンポン繋げていくことは得意。でも、じっくり考えたほうが良いことのほうが多い。当たり前かもしれんが。

「アイデアからアイデアへと移行し」とか「相手の主張を証明したり」ってのがそれらしいな。落ちてる材料を感情的に隔てず扱う感覚が大切なような。

ほかの得意分野については省略。弱点を見ていく。

Very Argumentative – If there’s anything Debaters enjoy, it’s the mental exercise of debating an idea, and nothing is sacred. More consensus-oriented personality types rarely appreciate the vigor with which Debater personalities tear down their beliefs and methods, leading to a great deal of tension.

非常に議論好き – ディベーターが楽しむものといえば、アイデアを議論するという精神的な運動であり、神聖なものは何もない。コンセンサスを重視するタイプの人は、ディベーターの人が自分の信念や方法を壊す勢いを理解することができず、大きな緊張を強いられます。

そうねぇ。

非合理を許容する力というか、知識が必要だと思う。非論理的なことであっても、その背景とか知っていたら正しくなくても価値を見出すことができる。議論の中で相手の信念を壊さざるを得ない場合は、まくしたてるんじゃなくて一言ごとに相手に考えるための時間を与えるのがいいと思う。

その時間で相手が何を言ってくるのかをあらかた予想しておいて、言って来たら考えるふりを少ししてからレシーブで相手のコートに返す。

Insensitive – Being so rational, Debaters often misjudge others feelings and push their debates well past others’ tolerance levels. People with this personality type don’t really consider emotional points to be valid in such debates either, which magnifies the issue tremendously.

鈍感 – 合理的であるがゆえに、ディベーターは相手の感情を見誤り、相手の許容範囲を超えて議論を進めてしまうことが多い。このタイプの人は、議論の中で感情的な指摘が有効であるとは考えていないので、問題は非常に大きくなります。

議論の間を鈍感として振る舞うことができるし、時にそうする。昔は無意識に鈍感だったかもしれんし、自分に対しても鈍感だったかも。

感情弱い人が多すぎるって感覚は常にあるな。ヒトの感情の機序について色々知っていった後は、「え?お前らそんなにメンタル弱かったの?」と驚くことが多かった。「些細な事で気持ちガクガクしたりしないでしょ」「この人は一定の賢さを持っているでしょ」と思っていたがゆえの鈍感。

頭の回転早くても感情に操られている人が多い。情緒が雑魚。だから感情を見つつ議論しないと変なことになる。

つまり感情的な指摘は有効だよね。合理性の最終地点は金でも地位でも時間でもなく感情なんですから。

Intolerant – Unless people are able to back up their ideas in a round of mental sparring, Debaters are likely to dismiss not just the ideas but the people themselves. Either a suggestion can stand up to rational scrutiny or it’s not worth bothering with.

不寛容 – 議論の場で自分の考えを裏付けることができなければ、ディベーターは考えだけでなく、その人自身をも否定してしまうでしょう。提案が合理的な精査に耐えられるか、あるいは悩む価値がないかのどちらかです。

「こいつ言ってること浅すぎ」って思ったら、議論を放棄したくなることがあるな。自分の聞き込みが足りてない場合も往々にしてあるけど、よく聞いても浅いこと言ってたんだとしたら議論を終わりたくなる。

例えば、相手の話を聞いていくうちに「これはつまり100メートル走だな」って理解したとする。100メートル走だからゴール地点がもう見えてしまっていて、あとは走るだけ。でも、相手は自分が100メートル走の当事者であるかどうかすら気づいておらず、全然見当違いな無駄話をしている。そいつを100メートル走のゴール地点まで誘導すりゃいいんだけど、相手の口が止まらん。

そういう状況とか。ほんとに相手の口が止まらんのよ。

Can Find It Difficult to Focus – The same flexibility that allows Debaters to come up with such original plans and ideas makes them readapt perfectly good ones far too often, or to even drop them entirely as the initial excitement wanes and newer thoughts come along. Boredom comes too easily for Debaters, and fresh thoughts are the solution, though not always a helpful one.

集中力が続かない – ディベーターは、独創的な計画やアイデアを思いつくことができる柔軟性を持っていますが、その一方で、完全に良いアイデアを再利用してしまったり、最初の興奮が冷めて新しい考えが出てくると、そのアイデアを完全に捨ててしまったりすることがよくあります。飽きっぽいディベーターにとって、新鮮な考えは解決策になりますが、必ずしも役に立つものではありません。

いや全くその通り。考え事はゴールが見えたら飽きる。俺の中で終わる。集中力が持たん。助けて。

◆辛口性格診断16

ENTP 生まれながらの起業家

ベンチャー起業家型の性格です。興奮と挑戦を愛し、創意工夫にとみ、あらゆる可能性を検討します。自分のインスピレーションを信頼しており、アイデアを現実のものにする事で満足感を得ます。多芸多才で融通が効き、頭の回転も速いので、様々な難題に挑んでいきます。問題が困難であるほど、やり甲斐を感じます

ほめすぎでは?と思うのは、たぶん「ENTPが良いと思うもの」が羅列されているからだろう。ほかの性格からしたら取るに足らんものなのかもしれん。

分析能力に優れた戦略的思想家です。詮索好きで、物事や人物の欠点をいとも簡単に見つけます。家庭でも職場でも趣味でも「もっと良い方法があるはずだ」と考え、新しい方法を試したがります。また一つの物事を面白がって、賛否両方の立場から議論したりします。

詮索好きだね。ドリルで掘りたくなる。知りたくなる。抑えてるけど。

誰かや何かの欠点を見つけて、その欠点について「悪口」とせず会話できる人がいると、とてもとても助かる。陰口言いたいんじゃなくて、改善するためにはどうすればってことしか俺は考えてないんだよ。

「欠点であるかどうか」についても自分の中で割と議論済みで、深いところで「欠点じゃないじゃん」に落ちることが多い。「欠点だと思ってるお前らの知能のほうが欠陥品」って思ってる。

規則だからという理由や、今までやってきたからという理由だけで物事を進めるのを嫌がります。都合が悪い規則やルールがあると、改善しようとしたり、抜け道を見つけようとしたりします。それが無理なら、より自由に動けるように、その場やその組織から逃げ出そうとします。

別に規則嫌いでもないけど、無駄でしかなかったら当然やらない。当然ではないんだろうなとも思う。他の方法が考えられるなら他の方法を試してみようよって提案する。

いつも楽しいことを探しており、毎日違うことが起きた方が刺激的だと思っています。一か八かやってみる方なので、大成功したり大失敗したりとアップダウンが激しいスリルに満ちた人生を送る可能性が高いといえます。

そうねぇ。いつものじゃないやつを選びたいと思う。でも本質的に俺はずっとお布団で寝ていたい人であるような気もする。

機転が利き、ユーモアのセンスがあるので、社交の場でも活躍します。人から好かれたいという欲求が強く、人の輪の中心にいると気持ちいいので、賢さを誇示したり、際限なく駄洒落を飛ばしたりします。

好かれたいと思ってないような。親しくないひととか嫌われていそうな人に寄っていくことはあるけど、好かれても好かれなくてもどうでもいいと思ってる気がする。

人の輪の中心ってのは、サイズによるかな。大人数の輪なら傍観者として眺めるほうが好き。

賢さを誇示したりダジャレを飛ばしたりってのは、する。雑学が口から零れ落ちることが多い。面白い会話は常にしていたい。人に何か与えて引き上げたい。俺も引き上がりたい。

ごく普通に行える事があっても、独創的かつ即興的な手法に走る事があります。そのうえルーチンワークや、結果が予想できる作業を嫌うので、当たり前の事実を見落としがちです。きちんと準備をしたり、最後までやり切る事が苦手なうえに、次々と新しい事に手を出そうとするので、大失敗をしたり、無節操で当てにならない人だと反感を買う事があります。

あるある。結果が予想されることをしたくない。新しいことを常にしていたい。俺を誰かに管理してほしい。

また生まれつきせっかちで、早口で話すので他人が口を挟めない事があります。話自体はうまいのですが、ずけずけともの言うので無神経な人だと思われる事もあります。

昔はせっかちだったような気もする。落ち着きのないガキって連絡票に書かれていた。早口は伝わらんなと小学生のころあたりに思って直した記憶がある。いまはどっちかっていうとおっとりしてんじゃないのか?知らんけど。

無神経と思われるってのはあるな。客対応できるのか疑われることが多かった気がする。できるっていうか得意だけど、基本的には無礼なので疑われるのも当然だろう。

◆以下の状況で、動揺したり嫌悪感を覚えます
・考えの深さや能力を疑われたり、自分の言動が与えた影響の責任を指摘されたとき。
・立場が上の人にアイデアを否定され、身動きが取れなくなった時。

やだねぇ。考えの深さを疑われるのは嫌だっていうかダルい。

責任を指摘されたとき…嫌なのは嫌だけど、それは誰もが嫌なんじゃないのか?そもそも責任の取りようがないケースでは周到に…っていうのは単に人生経験だな。昔は色々ぶっこんで痛い目にあってた。

◆不満を感じると、次のような行動を起こします
・自分から見て無能で非効率な人を批判する
・反発しやすくなり、相手にくってかかる
・注意が散漫になり、集中しにくくなる

不満を感じるとっていうか、時にそうしてる感じはあるような。

低能をこきおろすためにクソブログをチクチク書いちゃうくらいには批判すき。低能でありうる俺を批判してほしいとも思ってるけど。

反発はする。「腑に落ちん」「話を聞いてくれない」と思ったら証拠の資料をまとめて印刷して提出するくらいのことはした。

注意散漫なのはいつもです。

◆大きなストレスを感じると・・・
細かな事実に圧倒され、可能性を考えだす能力を失ってしまう事があります。その場合、あまり重要でない歪められた事実にのみ着目し、それが非常に重要な事だと思い込んでしまいます。

大きなストレスを感じたことがない。大変なことはあったけど「大変だけど死なないし」って思ってたら無敵。

◆アドバイス
責任を果たし、口先だけにならないように注意しましょう。
物事をもっと現実的に眺め、衝動を抑え、周囲の人から信頼されましょう。

はぁい。

◆結

インターネット上にはまだENTPの解説ページが沢山あるけど、こんなもんで。

ENTPはそういう感じです。目が合ったら逃げてください。