業突く針という魔法の道具を持ってたんだけど(大嘘)、それを失くしてしまった(大嘘)。

「ごうつくばり」という名前からもわかるように、それで刺された人間は強欲な感じになる。20分程度。

「何かが欲しい」という欲求を誰しも持って生きているわけだが、それを12倍に増強する力があった。

◆仕様

刺す方が「業突く針である」という認識を持った状態で、対象の人間に刺す。針が刺さったことに相手が気づかなければならない。すぅーっと刺さるから、例えば爪を伸ばしてそこに刺したりすれば痛くなくて済む。

刺さった対象の人間が求めている何かについて、欲求が12倍になる。らしい。

針を抜いてから大体20分すると落ち着いてくる。

◆使いようの無さ

失くしてしまったからアレコレ考えてもしょうがないのだが、本当に使い道のない道具だった。欲求だけ増強されて、それが手に入るわけでもない。

判断基準もとても不思議。たとえば砂漠でカラカラに乾いているひとに刺したとして、水を欲しがるとも限らないのだ。死を望んだりもする。

物質的な欲求、精神的な欲求、いろいろあるのだが、それが増強されるだけ。とにかく使い道が無かった。

いらないんだけど魔法の道具だし、吹聴してまわって謎の組織に目を付けられるのも嫌だし。どうすれば。

◆入手

貰った。くれたひとも「使い道が無い」と言っていた。

何か使い道があるだろうと思っていたが、ほんとに無かった。考えたんだけども。

自分に刺したらもう欲望が溢れて、手に入らないし、苦痛でしかなかった。

◆失くした理由

人にあげた。

短期間に色々なものを失った人だった。「何をすればいいのかが分からない」と言っているし、どうすればいいのか俺が知るわけもない。

そいつの求めているものはなんなのだろうと思った。あれこれと話をしたんだがボーっとしていて要領を得ない。話しながら「業突く針」の事を思い出したんで、「刺してやる」っつって、その日は解散。

次の日にそいつの家に行って、肘の皮のとこに針を刺してあげたら、うつむいて、目を閉じて、シクシクと泣き出した。死にたくなったんだろうかと思って不安になった。

でも辛そうには見えない。安心しているようにも見える。その様子を眺めていたら何故か泣きそうになってきたんで、二人して暫く泣いていた。

効果の残っているうちに「何か欲しいものはあるか」と聞いたら「その針が欲しい」と言うもんで、あげてきた。いらねぇし。

なんの欲求が12倍になったんだろうかと思った。大抵は「望んでも手に入らない」という辛さ、悲しさで身悶えるはずなのだ。簡単に手に入るものはそもそも望まないわけで。

彼は何を欲しがり、何故に泣いたのか。12倍になった欲求以上に針を欲しがった理由もそこにあるのだろう。

なんとなく聞くのも憚られたし、なんとなく表情が明るくなったからいいか。そう思った。

それだけの話。