今は昔、カートゥーンネットワークといふアニメ専門チャンネルありけり(いまもある)。ケーブルテレビにまじりて視聴料を取りつつ、よろずのアニメをながしけり。

何時のころだったか「ムーチャ・ルーチャ!」っていうギャグアニメがあって、それをよく観ていた。

主人公三人衆に「ブエナガール」というのがいて、それは実直で真面目でハキハキしているメスガキだった。そして、何か自分の信条に反するような事象にであったとき「ブエナじゃない!」と言って怒ったり嘆いたりしていた。

言語版だと「It’s not right!」なんだそうだが、よい翻訳だ。「正しくない」より「ブエナじゃない」のほうがしっくりくる。

◆言い換えられない

「ブエナじゃない」は俺の精神活動に多大な影響を及ぼした。

ブエナガールというキャラクターはもはや関係なく、ブエナであるかどうかは単に俺が決定している。

なにか「ブエナじゃないこと」が発生したときに「ブエナじゃないな」と思うことができるようになったのだ。

それまではブエナじゃないことに遭遇しても気持ちがモヤっとしたまま「なんだかなぁ(阿藤快)」としか思う事ができなかった。「正しくない」ともまた違う気がした。だって、その人にもその人の持つ正しさがあるのだから。

「正しくない」という表現は、なにか世界に「正しさ」というものがあってそれに準拠していないかのように聞こえる。

ただブログで「ブエナじゃない」といっても伝わるわけがないから使えなかったよね。

◆正しさの所持

正しさは持ち運びが可能だ。

俺は俺用の正しさを持っている。持ち歩いて、たまに磨いてみたりお湯に浸してみたり引き延ばしてみたり、2つにモギってみたり天井にぶつけてみたりブランコに乗せてみたり、寝る時に口元に巻いてみたり日に当ててみたり風呂に入る時は頭に乗せてみたり。話しかけてみたり。俺と俺の正しさは常に共にある。嫌になることも多々あるが。

それと同じように、ある人にとっての正しさが存在している。それは俺の正しさと必ずしも重なるものではなく、更に言えば俺の正しさもまた時に移ろうものだ。情報と想像により正しさは変化し、成長する。

個人の考える正しさは諍い(いさかい)を生むこともあるし、「あるルールの下でしか理解できない正しさ」を持っている人もいて会話が通じなかったりする。どこを支点にして物事を判断しているかが、普通の感性では解り辛い人。そのへんにゴロゴロいる。ポイントさえ握れたらスルッと理解できることもあるが、そのポイントを自分から説明してくれる人もなかなかいない。

んで、自分の抱えているその「正しさ(と思われるもの)」が揺らいだ時に非常に困る。壊されそうになった時に動揺する。「俺が正しいのに!」って思うことあるよね。自分の後ろに常識とか世間とかいう味方がいるような錯覚を発生させてしまうのが「正しさ」だ。

困る。どうするか。

それはもう心構えからして間に合っていなくて、つまりは「ブエナか否か」を芯に据えるべきなのだと思う。それは「正しさ」よりも「あるものを正しいと思う個性」を許容する響きを備えているとは思わんかね。

柔軟性があって、「正しくなくてもいい」という気負わなさがあって、でも強さを兼ね備えているような。

だから「ブエナじゃない!」と言い放てば相手はもうぐうの音も出ないわけだ。あるいは「は?」と言われる。あるいは、より屈強な気持ちで「俺がガンダムだ!」と言い返してくれるのかもしれない。

逆に、自分の価値基準での行動に「ブエナじゃない!」と言われたら、結構グサッとくると思う。「ブエナじゃないの!?」みたいな。

◆ブエナじゃないと思ったとき

そう言うか、言わないかの二択になる。

「ブエナじゃない」という言葉は決裂の印象を与えるだろう。でも決裂したいわけではない。「ブエナじゃないと思う!」という魂のシャウトを、知って欲しい、分かって欲しいだけなんだよね。「ブエナじゃねぇのか!そうか!よぉし!」ってテンション高めに返して欲しい。

でも言葉が焦っちゃって壊れちゃったら大後悔だし眠れぬ夜だし、なんというか、もんじゃ焼きのあの真ん中の池が外に流れださないようにする風な感じのもんじゃ焼きでうまくやったほうが、手間だけどもんじゃ焼きだからしょうがないよね。だからもんじゃ焼きを作るような辛抱強さで事にあたろうよ。それもそうだし、どうやってもあのもんじゃ焼きの真ん中の池からちょっとくらい出ちゃうわ。もんじゃ焼きに「漏れんじゃねぇ!」って怒る人もいない。抗いようもなくあの池の液が漏れるのがもんじゃ焼きだし、それがもんじゃ焼きなんだし(意味不明)。

もんじゃ焼き食いたい。

◆俺はいまブエナか

自を律する気持ちが湧いてくるよね。ブエナであるかどうかの判定は何も外にだけ及ぶものではなく、寧ろ自分にこそ降りかかってくるものだ。

ベストが出ていないとき、間違っているときに「ブエナじゃないな」という評価が自分自身に下される。

面倒っちゃ面倒だが、「しょうがねぇなあ」みたいな気持ちになる。

◆スマーフ

スマーフは意味がとっ散らかっているから逆に使えない。ちんぽのほうがよっぽど便利な単語だ。例えば何か面倒なことが起こったときは「おちんぽってこと?」と言っておけば「そうそう。ちんぽちんぽ。」みたいな感じに返してもらえるだろう。「スマーフってこと?」と問うたとしても「ふぉ?」としか返してもらえない。すなわち無能ワードだ。

◆「ブエナらしさ」が間違っていたら

そういう日だってある。

よかったじゃん気づけて。

◆結論

MLaaTRの日本語版はどこが権利持ってんだ?どうすんだあれ。あんなアニメを放っておくってなんだよ。ブエナじゃないわ。