朝ごはん食べながらテレビ見てて、年賀状のCMが流れた。
嵐の大麻くんが「年賀状出したいんだけど面倒だ」っつって、郵便局の宛名印刷サービスを利用して大勝利。みたいな。
この手のCMは毎年あるんだけど、そういうの見るたびに、いまさら年賀状出すやつも少ねぇだろと思っている。
風物詩みたいなもんだし聞き流してたが、なんか今回のCMは激烈に違和感が発生した。
年賀状出さねぇだろ。なんで大野まで持ち出してんの?宛名サービスあるからって、年賀状出さない人間が「おっ宛名サービスあるやんけ!年賀状出したろ!」ってなるかね。
恐ろしいのが日本郵政/日本郵便だよ。「ハガキ売れないナリィ…CM打ってハガキ買ってもらうナリィ!」っていうのを、上層部が決定してるんだよね。怖くないかそれ。
今後、どう考えてもハガキなくなるじゃん?電話交換手もいなくなったじゃん。それを、こう…見て見ぬふりして愚直にハガキを売ろうとしてるのは知能が低すぎるのではないか?
絶対に沈む泥船の穴を頑張って塞ぐような行為だ。別の船を造るなりしないと死んでしまう。意思決定をする人間が無能だとこうなるのだと、日本の終わってる部分を見せつけられたような気持ちがした。
郵便局員に課された「年賀ハガキ販売ノルマ」も含めてそう思う。無茶な販売枚数ノルマが課されるっていうアレ。平時以上の需要が見込まれる年賀ハガキとはいえこの時世に売れるわけはないから、金券ショップに持ち込んで安く売るしかないんだよね。なにも悪いことしてないのにそういうことをやらされる。
馬鹿げている。現場にノルマを課して問題解決した気になっているのだ。アタマわるいというか、もはやそれは恐怖だ。
ハガキに見切りをつけるのも政治的にいろいろ難しいんだろう。だけど、だからって終わりゆくさだめを見て見ぬふりして死んじゃうのはまずいでしょうが。
潤沢な資金をもってやったことは
- かんぽで老人を詐欺にかけた。(普通に犯罪)
- ハガキ含む郵便物の配達料金をジワジワ増額して、切手不足により届かない郵便物を大量に作った。それによって消費者に様々な迷惑をかけた。
- ハガキとかいう紙を過剰に印刷して環境を破壊した。
- タレントを使って、だれも買わない年賀ハガキのCMを打った。
- 経営層の無能の尻拭いを一般郵便局員にノルマとして転嫁した。
こんな感じ。
もう、クソだな。それも未来のないクソ。取り残される努力をするってどういうこと?どん判金ドブ。
切手代の増額も本当に頭にくる。別に金額あげてもいいけど、そのあげ方がしょうもない。ジワジワと、「ヘヘ…スンマセン…」みたいな増額をする。未来のための増額じゃない。やりすごすために、死に体を誤魔化すための増額で顧客に迷惑をかけた。
こういう組織は潰れたがよかろう。自分が何を為すべきか分かってないから人に迷惑かけちゃうんだよね。でも、いかんせんデカすぎるから暫く生き残ってしまうだろう。それまでにどれほどの糞を見せつけてくれるんだろうか。どれほど社会を悪くするんだろうか。
日本郵政は顕著だったけど、変化を嫌ったり慣習に固執するとこういうことに陥るってのはどの組織でも一緒だ。個人のレベルでもそうだ。文句いいながらクソ企業に勤め続けるような人間は、日本郵政と同じ問題を抱えていると言っていいだろう。改善すればいいのにできない。誤魔化して生きながらえていくことになるのだ。改善の手立てが結構な近所にあるのに、探すことすらしない。自分で答えを探すという発想がないから不平を言うことしかできないし他者に責任を押し付けたくなる。そもそも自分がどうなりたいのかも考えていない。あるべき姿を見つけていない。
別にそれもありだし、なんてこともない。死ぬわけじゃない。でも、取り残されているという自認が無かったんだとしたら。そして取り残された場所で踊り狂っているのなら「日本郵政型人間」だろう。
年賀状を楽に印刷出来てご満悦な大マリファナ野カナビスくんを見てそう思った。
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