どういうことなんだろ。7万いいねをもらっておるのが怖いんだが。

◆お前は誰かの他人

他人は全然助けてくれないって、なんだ?この人は鬱になる前に誰か鬱の他人を助ける活動をしていたんだろうか。それをしていないというのであれば、他人から助けてもらえると期待できるわけなくないか。まず自分が他人を助けてないんだから。

そんなの頭を捻るまでもなくそうだろうけど、このツイートのリプライにもそんなこと書いてない。まして鬱について知識無い人が無理に助けようとしてくることを想定してすらいない。いいねが押されている。

ナチュラルボーン鬱じゃなかったなら、鬱じゃないときに誰かを助けておかなきゃ。そうじゃないと社会に発生している助けの総量を考えたときに、あなたが他人から助けられてしまったら計算が合わなくなるでしょう。その助けはどこから、誰の何と引き換えに発生したんだという話になる。コミュニティに於ける善意量保存の法則が破られてしまう。ギブとテイクのバランスが乱れる。

あなた、他人からの期待に応えず鬱で苦しんでいる人を見て見ぬふりして自殺させて自分のことばっか考えて生きてきたくせに、いざ自分が鬱になったら「他人は助けてくれない」って、どどどどどどゆこと。グロテスクな事言ってませんか?だいぶと厚かましいよな。鬱のせいで思考能力とか終わっちゃってらっしゃるのかな。

きめぇから滅多なこと言うもんじゃないよ。他人が税金とか保険料を払ってくれてっから鬱のお薬を飲めてるんでしょ?例えば仕事やめても失業手当があったり生活保護ももらえるでしょ?既に助けてもらってる上で自分はしてこなかったそれ以上を他人にせびるとかそれって反社っすよ。浅ましいよ。自分一人を支えるために年間で本当は支払わねばならない税金の額をあなた知ってますか。

◆社会

社会の仕組みに自分が組み込まれていて、社会の仕組みに助けられて生きてきたということを自覚したほうがいい。辛かったんだろうけど現実を見なければ辛いままだ。鬱って、臓器の働きが生まれつきそうか、家庭環境が複雑だったか、要領悪かったかでしょう?そういうひとって社会の仕組みが整ってなかったら鬱になるより前に端から淘汰される生き物じゃん。そしてそれを間違ってると思った他人が不完全ながら誰かを救うための仕組みを考えて実装してきてくれたんでしょう?そういう今を生きているのに社会や他人に過度な期待をして落胆するのは筋違いってもんです。自分が何に乗って生きてきたのかを見つめ直したほうがいいって。きっと驚くから。

いつの日か鬱から抜け出せる未来があるんなら、その時は自分の鬱を産んだ原因を解消して誰かを救うために生きますかね?来世は鬱の撲滅のために奔走する人生を辿りますかね?そうじゃなくって全然別のことして日銭を稼ぐ人生をやるんなら、なおさらあのツイートはわけわからん発言になってしまう。

お前が社会を助けない限り、社会がお前を助けることは期待できない。なぜならお前が社会だから。政治の不完全をSNSで嘆いてる馬鹿どもには生来、政治や社会を改善するための行動を断行する自由があるんだよ。なんの行動もせずに嘆きだけ不特定多数に聞かせようと試みるのは己の無能を吹聴しているのと同じ。

鬱である元ツイート投稿者に対して決して言ってはならんことだが、その、甘ったれんなクズ。テメーが鬱なのはしょうがないが、それで他人に何か求められると思うなよ。何か引き取って貰えると思うなよ。負荷を与えた相手が鬱になるかどうか、考えてんのか貴様。他人の負荷に共感しないままどのように自分の鬱を認知してるんだ。

落とした財布を警察に届けて欲しいんなら、まず自分が誰かの落とした財布を拾って警察に届けなければならない。見ず知らずの誰かの困難を想像して共感して行動できなければならない。当たり前だ。将来認知症になった両親の介護で疲弊したくないなら、認知症の治療や介護の改善のために走り回らなければならない。今これから。自分がそうなってからでは遅すぎる。ハゲ始めてからハゲを予防することは出来ない。

こんなに単純な道理がわからないんならスマホを捨てて寺に行け。俗世に向いてねぇよ。降りろ。自分じゃなくて社会が悪いと仰るなら、寺に入れ。社会は不完全だからお前を救えない。お前からの助けがない社会はお前みたいなのを守り切れない。

◆結

「鬱は甘え」は偽だが、甘ったれた鬱はいやがる。そういうやつらが鬱の評判を落としている。道理を解さないクレクレテイカー鬱カス野郎としか接したことのない人は容易に鬱に悪印象を抱くだろう。カスは自分が鬱であると繰り返し宣伝するのだから印象も強まる。だから鬱まで嫌がってしまうことは責められない。かといって、親からの愛を貰えなかったがために乞食根性の染みついた怪物に成長してしまったテイカー野郎のことも責められない。誰も悪くない。いや、俺が悪い。例えば俺がお前のことを親の代わりに愛してあげればいいのにそれをしていないのが悪い。

自分が大きな困難にぶち当たった時、周囲の人間が自分に何をしてくれるかで自分の今までの人生の答え合わせができる。思ったほどじゃなかったんなら、次は大きな実りのあるように誰かを思いやって生きてくれ。頼んだぜ。