技術と法律の話は毎度残念な結果をもたらしたりしている。以下の記事を読んで、いつものように少しガッカリしていた。
アップルに「アプリストア」開放義務づけへ、政府が新たな巨大IT規制…他社参入促す : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)(魚拓)
いわゆるサイドローディングの解放。アプリストア外からアプリをダウンロードできるようにしろという要請。
あんまりこれうまくない。
◆独占はよくないが
独占が良くないというのはそう。その通りで、俺だって独占というものが嫌いです。スパイダーマンのDVDがTSUTAYAでしかレンタルできなかったことに反対してました。パテントトロールも許せないし、2000年代Microsoftの過剰かつ利益最優先のベンダーロックイン施策も看過できたものではなかった。
近年のMicrosoftはオープンに振り切りすぎて少し不安ですらあるが個人的には好感を持っている。
「独占(・A・)イクナイ!!」という気持ちを技術に対して素朴に当てはめちゃうのは軽率だったりする。経済と、あと別のラインに思想の話もあるもんで、独占を崩した結果として消費者が割を食うことも十分考えられる。
◆Apple品質
AppStoreが成人向けコンテンツを許していないことからも分かるように、AppleはiPhoneという製品を、安全性の高い全年齢向け携帯端末として位置付けている。AppleはiPhoneの機能として組み込めるストアアプリに対して自ら責任を負いにいっている。いわゆるAt Your Own Riskではなく、ユーザーを保護しようとしている。
ストアアプリはiPhoneのコアなAPIを利用できるので、セキュリティの観点からしてAppleの検閲を通してやらねばユーザーに危険が及びかねない。また、悪質な内容のコンテンツ、成人向けコンテンツ等の子供にふさわしくないアプリもフィルタリングしたい。セキュリティホールの空いたアプリをインストールさせたくない。
なぜならAppleはiPhoneを安全にしたいから。ブラウザでエロサイトにアクセスできちゃうことについても、できることなら許可したくないくらいだろう。そこでEUとか日本のバカタレ共が自由経済をはき違えてアプリストアを開放しろって言ってくるのはお門違いと言うものです。iPhoneという製品の技術的思想を壊すものだ。
ITに疎い人は「単にサイドローディングできればいいだけじゃん」と思うかもしれないが、その大きなドアを開けるためには裏側にある何十枚もの細かいドアを開けなきゃいけないんです。セキュリティについて考えるべきことは連鎖的に増える。軽々しくドアを開けさせたら、AppStore以外のストアなんて使わない、使う予定のないユーザーにだって被害が発生しかねない。
ストアアプリを開放したときに何が起こるかって、当たり前に考えればユーザーに危険が及ぶでしょう。iPhoneのセキュリティアーキテクチャが崩壊させられるわけだから。そこで発生する被害に対して、補償はAppleがするべきと考えますか。俺はEUや日本政府がするべきと考える。屋上のカギを開けろって言って無理やり解放させたとして、そこから飛び降り自殺が発生したらカギを開けさせた奴が悪い。ビルの所有者がトラブルを起こしたとは言えない。
◆ジジババを守れ
警告付きでサイドローディングを許可すればいいみたいな言説もあるけど、それじゃ爺さん婆さんやらお前の親を守り切れないぜ。0.01%の人間が警告を無視してマルウェアをダウンロードする見込みがあるんなら、詐欺は十分すぎるほどペイする。さらに言えば、PCとスマホではユーザーベースが全くもって異なる。ITリテラシーをなにひとつ持ち合わせていない子供だって日常的にスマホを触ってるじゃない。だとすればアプリケーションのインストール許可はPCに搭載されるOSよりも厳格にするしかない。
ジジババのみならず、どっかの企業の職員がパソコンで意味わからんメールの意味わからんリンクを踏んで意味わからん何かをインストールしてストレージを暗号化されて高額な身代金を払ってんじゃん。そういうサイバー犯罪が成立すると警察が動かなきゃいけなくなる。警察を動かすには税金がかかる。税金が無駄にかかると無駄に納税しなきゃいけなくなる。じゃあサイドローディングなんか許可していいわけが無いじゃん。
iPhoneに対してノートンとかAvastとかマカフィーとかカスペルスキーとかウイルスバスター(トレンドマイクロ)みたいなほぼマルウェアと言えるセキュリティソフトをインストールせずに済んでるのはAppleの努力の賜物だ。原理的にマルウェアをインストールしようがなく、かつ、危険なアプリをリモート停止できるコントロールを握っているのは理想的なOSセキュリティ対策です。ユーザーのプライバシー保護についてもAppleは厳格。決済ルートも安全。だから安心して親にでも子供にでもiPhoneを持たせることができる。
◆プラットフォームのタダ乗り
アプリストアを開放させることは、Appleが莫大な金額を投資して育ててきた製品にタダ乗りをさせろと強要するのと同じこと。「競争を後押し👍」とかそういう話は現実に即していない。テイカーが得をするばかりで道理にそぐわない。
アプリの安全性確認をするにはコストがかかる。iPhone端末とiOSからなるプラットフォーム自体の開発やアップデートにもお金がかかる。その投資を回収するためには、プラットフォームを利用するユーザーからの課金に手数料を課すのが妥当でしょうよ。さもないとiPhoneの販売価格にプラットフォーム使用料が上乗せになるか、iOSの使用自体がサブスク制になる。iOSの更新も有料になる。だってiOSを開発してる従業員たちにおちんぎんを支払わねばならないもの。
投資が回収できないんなら、Appleはユーザー安全を達成する能力すら損いかねない。研究開発に掛けられるコストが減る。協業してるSonyとか東芝とか村田製作所とかのサプライヤーにも金払いが悪くなる。誰も助からない。
独占は良くないという一般論は支持するけど、Appleが守りたいものも尊重してあげねば。民間企業が育ててくれたiPhoneという端末を、国家が一方的に攻撃するんじゃねぇや。対等に会話して互いに歩み寄るのが筋ってもんだろ。歩み寄らないというなら、もういっそ脱獄機能を政府が提供してAppleのサポート対象外にすればいい。脱獄者は国がサポートしろ。いやもう、政府が「ぼくの考えた最強のすまほ」をフルスクラッチ開発して売り出しやがれ。無限の自由がそこには広がってるだろうが馬鹿野郎。
Appleも「サイドローディングはすでに提供されてます」って言って脱獄解説サイトのリンクを教えてやりゃ良かったんじゃないかな。
アプリストアを穏便にほかのベンダーに公開するんだとしても、その準備のためにAppleが片付けねばならん課題は多い。時間も金もかかる。すぐに公開させたら事故が起こる。EUも日本も技術音痴なんで、相手の事情を考えられずに無茶なことを言ってますわ。
▼PWAの波
そもそも世の中の技術的な動向からして、iPhoneはアプリストアから解放される運命にある。法律作るだけ無駄。
直下のセンテンスは真剣に読まなくていい。
iPhoneは2023年3月に公開したiOS 16.4でSafariのWeb Pushを許可したんで、ホーム画面に追加したPWAでも通知が動作する。WebAuthn APIに対応してるからSafariで生体認証もできる。WebAssemblyも余裕で動くしBytecode Allianceに参加してないのは気になるけどWASI対応も無視してない。Googleが2023年5月にリリースしたChrome 113ではWebGPUに対応しているが、WebGPUの実験的対応が一番早かったのはSafariだった。ような印象ある。そもそもMetalがそうだったし。いやどうだったっけ。わからん。
意味わからなくていいんだけど、つまりiPhoneはオープン化の波に抗っていない。どっかの国からゴチャゴチャ言われるよりも先にプラットフォームを自らの独占から解放しようとしてます。安全な方法で。
今後、間違いなくストアアプリは無くなっていってWebアプリに置き換えられていく。Webアプリとしてインターネットに公開されたものがネイティブアプリと遜色ない機能と動作性になっていく。だからストアアプリを今になって縛っても、数年後には意味を成さなくなってます。現状ですら大抵のアプリはWebに立ててホーム画面に追加させれば事足りちゃう。
ちゃんとした技術者を政府が雇ってれば見通せるはずなのにな。
◆結
国がやるべきことは、技術知ってる人を政府にちゃんと引っ張ること。ITにもっとちゃんと投資すること。活用されていない特許の使用料を段階的に引き下げていくこと。オープンソースの使用に対価を払うよう企業に義務付けること。この世界の発展のために。
どういう経緯でITが成り立ってんのかって、もっとちゃんと教育するべきと思います。変な法律を考えてほしくない。考えるための時間とか税金がまず無駄です。そのお金で俺に中華とかビールとか奢ってくれたら幾らでも話したるわ。
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