起業しよーっと。

と思った。正確に言うと起業が第一目的じゃないんだけどね。
だから事前の哲学をしておく。じゃないと何がしたいのかわからないまま、わけのわからん場所に行きつくからね。逆に哲学しておくと不測の事態に強くなるし、結論を出す速さと精度が高まる。
「なんであの時俺はあんなことをしたんだろう」は、哲学欠乏症(造語)のなかでも代表的な症状だ。嘘とか臆病とか銭ゲバとか怒りも発症する。
経験あるでしょ。無いんだ。そう(落胆)。まぁいいや(切り替え上手)。

哲学をテキストエディタに書きだして、読み返して、考えて、書き直す。そうすれば自分がなんでダメなのか分かってくる。テキストエディタは推敲し放題だ。哲学するにはもってこいだ。昔の人は紙に書いて哲学をやっていたらしい。つら。考えられん。

そして折角だから公開する。なんでかっていうと、俺が人の考えを読むの好きだから。
あとは、例えばお前が他人の書いた哲学を読むと、洗脳されるか別の考えが産まれる。そしてお前はその哲学をブログに書く。それを読んだ誰かが哲学を書く。連鎖していく。たのしい。
哲学を積むと生活習慣は整ってくるし(当社比)顔も引き締まってくるし(当社比)優しくなれるし(当社比)モテる(大嘘)。哲学してない人間の顔の特徴ってなんとなく分かるだろ。だから。しよう。

しかし、考えついた考えは考えである故に考えないといけないので、話が飛躍することもある。ちょっと読みにくいかもね。いや結構読みにくいよ。

そう言うことだ。じゃあ始めて行こう。

▼この起業はなんの為に?

クラウドファンディングのページを見てもらったと思う。見てない?そう。ごめん。てかこの記事の投稿時点ではそのページ無いんだよね。
つまり、俺はその企画を遂行するために起業をする。
既存の会社じゃ多分不可能。不可能っていうか、俺の思っていることができる会社にしようとしたら、もとの形は跡形もなくなる。

なんのためにその企画をするの?っていうのは、つまり、究極的には「長期的な視点で俺が最大の幸福を得るため」にやる。

四半世紀生きた結果、俺は利己主義的な人間であるということが分かった。
だから、幸福を集めるためにあらゆることをしなければならない。
人を不幸にして俺が幸福になるのならそうしなければならないし、人を幸福にして俺が幸福になるのならそうしなければならない。

でもまぁ人を不幸にして幸福になるってパターンは少ない。あったとしても、それを受け入れる時の気持ちは不幸だ。自分が共感可能な相手を不幸にすると、当然自分は不幸だ。共感可能な相手を不幸にしてしまったときに感じる不幸は、その本質が見えづらい。本質が見えないから怒りに変わる。夫が嫁さんを不幸にしている家庭は夫も多分不幸だし、そしてそれは家庭だけでなく社会にも当てはまる。不幸も幸福も連鎖していく。バカが自分本位なことをしたり面倒ごとから逃げ出したりするとそこから不幸が連鎖し、巡った結果としてバカが不幸になる。その不幸にバカは気付くことができない。

自分の時間や幸福を削ると周りが幸福になることもあろう。そして、その時の気持ちは幸福であるはずだ。因果関係も分かりやすい。僕のあげたものでたくさんの人が幸せそうに笑っていたとき、感じた幸福の理由はすぐに分かる。幸福を削った結果として幸福が黒字化する。幸福が黒字だとよく眠れる。また、俺がコッソリと幸福にした対象に賢い人が紛れ込んでいると、その人は本当に目聡く気付く。気付くというか「無断で俺を幸福にした人間は誰だ」と探す。そして幸福を返そうと模索し始める。コッソリに気づいてくれて、お礼を言ってもらえるだけでも大分いい。そういうやりとりから発生する幸福は手触りが全然違う。夜にそれを思い出すと幸せの許容量を超えて眠れなくなることもある。対象がオッサンとかババァなら眠れなくなるぐらいで済むが、女の子とか若いババァだともう堕とされる。イタズラ感覚でいいことしただけなのに容赦なく堕としにかかってくる。寝れないってレベルじゃない。死の危険を感じる。心臓弱かったら恋愛感情で割れていたと思う。親切逆恋慕自殺(造語)しそうになった。高校までで重度1回と軽度1回。諸刃の剣。素人にはお薦め出来ない。
でも幸福をあげようとしても俺のやり方が間違っていたり、そもそも幸福を感じる力が少ない人間もいる。難しい。

話を戻す。
上記の病的な文章から俺が重度の幸福依存症であることが分かると思う。
俺はどうすればいいかというと、自分が所属する場所の幸福を底上げすればいいはずだ。そうすれば多分俺も幸せになれるはず。そして、幸福にする対象の範囲をじわじわ広げていけばいい。
俺が幸福にできる人数を増やすと、返ってくる幸福も増える。増える!
他人を幸福に出来ればそれはもう既にヤバいし、ややもすれば幸福が返ってくる。こんなことがあっていいのかと思わないか。世界はうまくできてる。

でも幸福を増やすよりは不幸とかのクソを取り払ってあげたほうがみんな生き生きしたりする。直接のリターンは少ないし「完全(に犯人が分からない)親切」になるパターンが多いけど、いいよ。不幸な生き物みてるとグラグラするし、すれ違う人たちのポケットに仕掛けた親切が、仕掛けたまま見つからない時間は楽しい。バレないように立ち回るのが楽しい。そのまま忘れて春になって芽が生えるのもリスっぽくていい。そしてお礼言われた時の「部屋掃除してたら記憶の彼方の500円玉でてきた感」もすごい。方法さえ間違えなければ基本的に得しかないはずなんだ。

今ある不幸をギャンスと解決できそうな仕組みはない。だからいろいろ試したい。俺が失敗したら次はお前がやれ。

つまり善行欲求(造語)が第一目的だ。理解してもらえなくてもいいです。「嘘だよ」と思うでしょう。それはそれでいい。長文書いたけど伝えたかった事は単純で、つまるところ俺は幸せになりたいだけなんだ。そして幸せになれないような行動をしたくない。

第二目的はライフワークを作ること。
自分が一生懸命に取り組むことのできる何かを作ること。
善い人間と関わり、何かを構築し、社会の幸福指数を増加させる。お前らを「よかった」って感じにする。
そいで、働いてないと多分俺は変なことになる。部屋が好きだから部屋に引きこもり続け、脳がいかれてくると思う。脳がいかれるともう、こういう哲学だってできなくなる。辛くても苦労してもいいから明るい気持ちでいたい。

また、俺の思う「つまらない仕事」をしたくない。申し訳ないと思うがなるべく誰かに任せたい。俺はコンピューターの技術が幅広く好きだから、そっちの仕事がしたいな。例えば「つまらない仕事だ」「退屈な作業だ」と思っている人をちょっと楽にしてあげる仕事なら、パソコンを使えば出来ると思う。

第三目的は、家。
満員電車がやだ。できれば東京に住みたくない。
大型犬が飼いたい。風呂の広い家に住みたい。漫画入れるデカい本棚が欲しい。皿洗いたくないから食洗器が欲しい。
あと冬に部屋が寒いとキーボード叩くのが辛いし趣味がはかどらない。
いい家に住むためには金持ちにもならんといかんだろう。だけど所詮第三目的だ。

そんな感じ。これで全部。

え?いや、うん。承認欲求もあるよ?もちろんね。
「すごい!」とか「センス!」とか「かっこいい!顔が!」とか「ブランドものを使っている!」とか、褒めてもらいたい日もある。顔はかっこよくないしブランド品なんて持ってないけど、内容なんて何でもいいんだ。でもやっぱ継続的に承認をもらうのは駄目だった。親分子分とか教祖信者みたいな関係よりも、互いを尊重し、想い合い、信頼したうえで攻撃し合える状態が一番粋だった気がする。尊重できなかった時は尊重できないなりの関係にしかなれなかったね。間違えたね。ごめん。
だから、ワキワキとかヌクヌクとかしてたら駄目だ。幸せになるための行動と、切実な行動だけとるべきなんだ。あと、生まれつき俺は人が思ってもみないようなことをしたり、言ったりして戸惑わせることが好きだった。そして、やったりやり返されたりするのが好きだった。それらから発生したのが善行欲求なんだ。
それさえあれば承認欲求は満たされなくても生きていける。

ってこと。
ちなみにこれは理想論であるゆえ、俺はちゃんと実践できていないよ。俺はもっとガタガタだよ。

人生の経験とか脳の構造は人それぞれだから、どの程度お前に伝わったかは分からん。でもそういうことだ。

▼どうするの?

うんまぁ頑張る。
具体的な話になるからここで話してもあんまりな。
ただ「いきなり凄いものはできない」ってことは頭に入れておきたい。農作物を育てるような気持ちでありたいものですね。
データ構造だけでもいいから、なるべく詰めながら進めたい。データ構造が腐ってると全員死ぬ。でもスピード感も必要だからやり方とかバランスとか機転が重要だと思うけど。

システム作りたいね。

▼コケたらどうなんの?

企画自体は、お前らさえ付き合ってくれるなら続けられると思う。
クラウドファンディングに金入れてくれた人には「ホントごめん」する。俺に賭けてくれたのにな。それに答えられないのは口惜しい。でもできれば金より時間を賭けて欲しかった。より多くの人に企画を知ってもらいたかった。

俺がどうなるかっていうと、再就職じゃない?幸いにもプログラマーだからなんとでもなったりする。サーバーをちゃんと触ったこと無いからそっちの方に行きたいな。その場合再就職は難しくなるかもしれんが。

あと思うことは、人生ってリスクをとるべきだわってこと。失敗する方が失敗しないよりマシ。親が失敗をさせてくれなかった子供とかマジ翼の折れたエンジェルにしかならんでしょ。学校通わないと壊れかけのレディオに育ちがちでしょ。それは得られるはずだった「失敗する機会」が減るからだ。そして大人になってからより大きな失敗をする。子供に限った話じゃない。「失敗しないように」って生きてると成長が止まる。やられにいかなきゃだめだ。失敗を教えてもらわないとだめだ。
人生がもし2回あるんなら1回はまじめに生きたっていい。でも2回目は飛んで生きたい。そして実際のところ人生は1度きりなわけだから、やりたいことやったもん勝ち青春じゃないのか。自分のしたいことに気づけないまま箱庭で働き続けたり、何1つの挑戦もできないまま充実しているような日々を過ごすのは嫌だ。家族に見守られながら畳の上で死ぬときに「人生しょうもな」みたいなことを考えたくない。
特に、ここは日本だ。金がどんなになくっても死ななくてすむという特典がついている。生まれながらにしてな。なんという僥倖

年くってから後悔すんのが最悪だ。だからもう今がんばるしかない。
会社やんぞオラァァン!?

▼会社ってなに?

ある人間にとっての会社の価値って何なんだろうね。

①金を稼ぐ組織
②社会貢献する組織
③仕事するためのところ
④遊び場

上記のうちのどれかだと思う。「会社*部署*同僚*人間性」で決まるだろう。

理想論になっちゃうんだけど
「給料高いから」っていう価値観で人を集めたくない。「遊べるから」っていって人が集まる会社にしたい。
設計とかコーディングのガチ勢はもうパズルで遊んでるような感覚だろ?いくらでも拘れるし、頭を使うことが苦じゃない。問題解決フェチみたいな野郎どもがいる。事務方の公務員とか銀行員とか「結果がわかっているパズルを組む」系の仕事が苦痛で苦痛でたまらない奴らがいる。そいつらに沢山給料を与えたい。

「金ねぇ」っつったら金稼ぐゲームを初めて、「人たりねぇ」っつったら手を増やすゲームを始めればいい。
「遊べなくなる」ってことだけを「危険」と判断するような会社が欲しい。
クソ客クソ仕様クソ設計クソ同僚クソコードが混ざった時に、技術者の遊びは仕事っぽくなってくる。
どうしても遊べなくなったら辞めてくれていい。俺が遊べなくなったら俺も辞めてるだろう。

だから、少なくとも技術職に限っては④たるべきと思う。
④するためには、その会社は金を稼がないといけないし、社会貢献もしなければいけない。そういう理屈だ。

▼不正はする?

直接的に人が死ぬなら、俺が責任をもって不正する。
でも俺が逮捕されるだとか破産するだとかではしないと思うな。
長期的に見て意味が無いし。不正ってどうせ金がどうとか業績がどうとかでしょ?「次行こうぜ!」って感じ。数時間くらいもらえれば、超落ち込んだ後に割と賢明な判断をすると思う。不正はやっぱ最終的には不正にしかならない。あがいても逃れられない状態であがくのはどうだろうね。
日中いくら嫌なことがあっても、不安で精神的にどうにかなりそうなときでも、実家動画さえあったら「あーもうやるしかねぇな!よっしゃ寝よ!」って気分になれる。ホントに。見る抗うつ薬

正直に生きたら俺の味方をしてくれる人がいるはず。切実に生きたら誰かがきっと支えてくれるはず。
という錯覚で何とかするわ。だから心配すんな。
支えて貰えなかったんならそれは足りてなかったんだと思うしかない。
過失を正直に話しても、バッシングされることはあろう。正直はその性質上評価されにくい。しょうがない。ワシントンの桜の木の話みたいに正直に着眼できる大人は少ない。

不倫。え、いや、不倫は正直に言ったところで許されないでしょう。不倫は単なる裏切りだから。人を裏切ったら社会的信用が減るのは当然だ。「いじめは傷害事件」みたいな話だ。逆に裏切っていないなら単なるスポーツでしかない。「不倫を許さない」はつまり「裏切りを許さない」っていうことで、そう思う人がでてくるのも納得じゃないか?みんな裏切られたくないし、普通は裏切りたくない。裏切りを見たくもない。だから怒る。
大人になっても俺たちは精神力が発達してないから、よく感情にいいようにされる。不倫をするひとも、それに怒る部外者も。
正直でもなんでも、不倫なんて好きにしろよと思ったほうがいい。お前が裏切られたわけじゃないし、ヘイトするのは疲れる。「ベッキーは自分の好きな人をそそのかして裏切りをさせる人間。かつ嘘つき。」ってだけで、ロングランがベッキーを嫌う必要はない。性格が悪いからって嫌うのは短絡的だ。良い側面を落ち着いて観察し、やっぱり駄目だと思ったときにあごの骨を折ればいい。
また、裏切る人に対して「大事なことを任せない」という付き合いをすれば裏切られなくてすむ。賢い。気が向いたら劇的なタイミングでこっちから裏切るのも趣があっていい。

話を戻す。不正の話をしてたんだよ。
えーと。俺以外の誰かが不正をした場合、それを庇うこともできない。不正なのだから。
「不正しちゃだめだよ」って言って、ちゃんと逃げ道を作ってあげて、それでも不正をするなら個人の問題だ。逃げ道がなかったんなら監督責任だ。
フォローならしたいけど、不正をなかったことにはできない。

合理的な選択をしないといけない。

▼合理的な選択って何

・最大数の人間を長期的観点から幸福にする合意可能な選択。
・自分と、自分の目の前にいる人と、それ以外の人を対等に想ってする選択。
・可能な限り長い時間頭を使って、出来る事なら誰かの頭も使って、よくよく考えた後に選ぶことができる択。

まだあるかもね。俺は人生の途中だからわからない。

瞬時に出てくる「合理的な判断」は間違っていることも多い。
「自分視点の合理性」を追求する生命体は最終的に絶滅する。環境と協調する生物だけが生き残る。

「真の合理性」は無い。あってくれればいいんだけど、人間には生きる意味も死ぬ意味も無いから、本当の合理性も存在しない。
「生きる理由」の方から合理性を出力しなければいけないもんで、どうあがいても合理性には個人によるバイアス(考え方や意見に偏りを生じさせるもの)がかかる。それはしょうがない。
「個人からの無償の親切には個人による義で返さなければならない」は合理的な幸福論だが個人間の話なのだから普遍性は無い。
また、俺の思う幸せ(合理性)とお前の思うソレは違う。例えば「幸福とはなんたるか」を知っているお前が、ホームレスのおじさんに生活保護を薦めても断られるかもしれない。それはしょうがない。合意可能性がまだ無かったんだろう。ムキになる意味は、あるけど少ない。

そして、せっかくの人生だから俺は俺に正直に生きる。そこには非合理もある。
俺がネット上で淫夢語録を使うたびに、お前はちくしょうコイツと思うかもしれない。
それはごめんとしか言えない。俺の頭がイかれてるのは確かだが、そんなん気にされてもしょうがないし。
俺が語録を使わなくなっても多分お前は何だかんだで「ちくしょう」と思うんだろう。でも、お前も何かをして誰かから「ちくしょう」と思われてるんだよ。その闘争の輪に終わりはない。

完全に俺が悪いことも当然ある。お前のことが可愛いから、からかおうと思ってワルいことをすることもある。愛ゆえに
だから先に言っておく。俺は非合理なことをする。ごめん。

▼どうすればいいの?

お前も幸せになればいいわけだ。そして余裕があるなら社会を幸福にしろ。
そうすれば世界の幸福の濃度が上がって、幸福が巡り、いずれ俺が幸せになる。
だから宗教とか賭け事とかマルチ商法とか酒とかタバコとか淫行とか薬物とかブラック企業とかイジメとか無駄な飲食とか怒りとかを一回シャットアウトして、哲学をしろ。哲学した後にそういうことをしろ。
自分と自分以外の人間についてとか、自分の思考や感情について考えろ。あらゆる局面で他者に何をするべきか考えろ。
人の話をよく聞いて、それを疑え。疑った結果の自分の考えも疑え。

以上。

▼いやそういう意味じゃなくて、企画の手伝いがしたいんだけど

アッハイ。すんません。ありがとうございます。

知り合いに広めてくれ。横文字で言うと、エンハンスをしてくれ。
金が有り余っている人はクラウドファンディングに金を入れてくれてもいい。企画が成功したら、少しずつでも返していけたらなと思う。約束はできないし、そもそも成功するかがわからんけどな。
お前がお金を入れてくれたんだとしても、会社を作るんなら多分クラウドファンディングじゃ足りなくなってくると思う。だから俺はお金持ちに企画の説明をしたり、頭下げてお金を借りに行ったり、詐欺属性のお金持ちと戦ったりしなきゃいけなくなると思う。その時に力をくれるのは俺の人間的魅力と企画の知名度だろう。俺の人間的魅力はなかなか上がらない上に、そもそもケーキに巻き付いてるフィルム程度しかないから、企画の知名度を上げていただきたい。

次に、企画を頭の中でシミュレートし、正しいかどうかを教えて欲しい。指摘をバンバンぶち込んで欲しい。俺一人で考えた企画であるから、漏れが多くあると思う。アドバイスが欲しい。
また、「こういうことできるね」みたいな話をさりげなくして欲しい。サラっと言ってほしい。
システムは進化する。システムを構築する際に予め進化の方向性が見えていると、その構成を組みやすくなる。逆に組み立てられなくなる人もいるけど。

最後に、技術力に自信があるお前は休職して手伝いにきてくれ。

以上。